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自律的成長を促すCDP制度の設計

No.613 | 2021年5月号

今月の視点

社員の成長こそが、会社の持続的成長の源である。
人材育成の基本は、OJTと自己啓発であるが、昨今は、社員が自ら希望するキャリアを通じて能力開発していけるような社員視点での自律的成長を促す人事施策が求められている。
自律的な成長を促す人事施策としては、キャリア・ディべロップメント・プログラム(CDP)制度が効果的である。3年で30%といわれる最近の新入社員の離職は、「将来が見通せない」「もっと働きがいのあるキャリアに就きたい」といった理由が多いことを考えると、各人が描く将来像に向けて自らモチベーションを持って努力を重ねられるキャリア開発支援の施策が、リテンション対策にも有効である。
今月は、有効に機能させることが難しいとされる、CDP制度の設計上のポイントについて考えてみたい。

1 CDP制度とは

 「キャリア・ディベロップメント・プログラム (以下、 CDP)」 制度とは、企業の求める能力と社員が目指すキャリアプランを擦り合わせて、その両立を図りながら、中長期的・計画的に能力開発をする仕組みである。
 CDP制度は、1980年代から関心が高まり多くの企業で導入したものの、当初の目論見通りに機能していない例が少なくない。

●自らキャリアを選択する機会もないため、社員一人ひとりのキャリア目標と実際の職務経験とのギャップが大きくな ってしまった
● 単に会社が社員に専門教育や階層教育を施すための教育プログラムや、中高年向けのキャリア研修に留まっている

など、自律的なキャリア開発を支援するという本来の目的が達成されていない例が多いようである。

 昨今は経営環境の変化が激しく、ビジネスモデルを絶えず変化させていくことが、どの企業でも必要とされる中において、それに適合する人材を確保することが大きな命題となっている。このためにも適切な職務経験の場を計画的に与えるCDP制度は効果的な手段となる。
 また、少子高齢化による人手不足が続く中で、企業の成長を持続させるためには、社員一人ひとりが中長期的なキャリア目標を設定し、その実現に向け能力向上・キャリアアップに取り組むことを会社が支援することが不可欠であり、社員と会社がともに成長・発展していくことにより、各人の主体性を育み、従業員エンゲージメントの向上にもつなげることができる。

 このように、ビジネスモデルに適合する人材の早期確保と、社員の働きがい及び定着率の向上を狙いとして、CDP制度の検討を行ったA社の事例を紹介する。

2 A社の事例

 A社は、従業員数約1000名の中堅専門商社である。国内のみならず、アジアを中心に海外展開も積極的に行ってきており、 アジアからの調達に強みを持っている。1年前に創業50周 年を迎えたものの、最近は売上が伸び悩み傾向となっている。
 事業環境の変化が激しくなっていく中、これまでの調達・販売というトレーディングを中心とした事業から、川上の資源への直接投資や、川下のリテールへの経営参画など事業の幅が広がってきており、トレーディング中心の人材だけでなく、事業投資や事業経営をするという、これまで社内にはいない人材の確保が求められるようになってきた。
 また、 ここ10年ほどは、 新卒入社して3年で30%、 5年で 50%と、離職率が高い状況が続いている。そのため、せっかく新卒採用で新人を迎えても、これから働き盛りとなる30歳 以上の人数が少なく、中途採用で補充を行っているものの、補いきれていない状態である。

 社長は、新たな事業展開に必要な事業投資や事業経営の人材をどう確保すればよいのか、どうしたら働きがいをもっと感じてもらえるのか、どうすれば会社への愛着をもっと持ってもらい離職率を改善できるのか、悩んでいた。
 世間では働き方改革が叫ばれ、会社への帰属意識だけでなく自己の成長やキャリアプランとライフプランの両立を重要視する傾向が強くなっている。A社でも若手の退職理由では、「会社の将来像が見通せない中で、10年後の自分の姿が描けない」「入社時に持っていた希望の職種にいつ就けるのか分からない」といった声が多い。

 社長は、採用環境が厳しい中でこのような状況を打開するには、社員のモチベーションや働きがいを向上させて定着率をあげ、レベルアップを促すことが大切であり、その手段として、CDP制度の整備が最適ではないかと考えた。CDP制度によ って自律的なキャリア開発を支援し人材の成長を促進することで、企業の事業拡大を図り、さらには従業員エンゲージメントも高められるのではないかという想いがあった。
 このような狙いを込めて、それぞれの事業から部 ・ 課長クラス数名と若手のリーダー格数名を選任し、信頼できる経営コンサルタントも加えて、CDP制度構築のプロジェクトチームを立ち上げることにした。

(1)プロジェクトチームの発足

 プロジェクト開始にあたり、社長は「昨年、創業50周年を迎え、この先さらに10年、20年と生き残っていくには、事業環境変化に対応できるよう社員が自律的に能力開発に取り組み、事業展開を進めていく必要がある。そのためには当社に相応しいCDP制度を構築し、有効に機能させるようにしなければならない。」と訴えた。

(2)基本設計(キャリアフレーム設計)

 プロジェクトチームでは、まず、CDP制度の枠組みであるキャリアフレームを、下図のように設定した。

①キャリアステージの設定
 キャリアステージとは、キャリア開発の段階のことである。
 A社では、管理職になるまでの段階を、

 ・社内で一人前になるまでの段階
 ・社内で一人前となり、様々な業務経験を積みながら管理職候補になるまで成長する段階

 と2段階に分け、管理職以上の段階を、

・部長、課長といった管理職だけでなく、各分野で専門性をもって会社に貢献する専門職(スぺシャリスト)を含めた段階

 とし、下記のように3段階で設定した。

 ベーシックは、新卒入社から概ね5、6年目までの段階であり、主に営業部門でトレーディング業務に携わることで、商社マンとしての基本を身につける段階である。営業だけでなく、海外の調達部門や貿易物流部門、管理部門に配属される場合もあるが、2部署程度の職務経験を通じて、会社の仕組みや機能分担といったことを理解できるようにする。

 アドバンストでは、働き盛りの人材として様々な経験を積み、次のスペシャリストステージで活躍できる知見を身につける。経験を蓄積する中で、最終的に活躍する分野を選択できるようにすることが求められるステージである。

 スペシャリストは、それまでの経験や知識を活かし、組織貢献するステージである。経営戦略上重要な分野については、会社の期待に応えつつ、さらなる成長を企図するステージである。

② キャリアフィールドの設定
 キャリアフィールドとは、キャリア開発の分野である。
 A社の場合、大きな分野として、従来からの事業の中核である「トレーディング」と、管理部門である「コーポレート」とがある。さらに事業の幅が広がったことにより「インベストメント(事業投資)」と「リテールマネジメント(事業経営)」の重要性が高まっている。
 「トレーディング」は、国内と海外とで外国語の必要有無など求められる要件が異なるため、「国内トレーディング」と「グローバルトレーディング」に分かれる。また、「コーポレート」の中でも経理・財務部門は会計知識が、リスク管理部門は法務知識が、それぞれ高度に求められるため、「コーポレート」からフィールドを分け、「ファイナンス」と「リスクマネジメン ト」とした。
 トレーディングの中で、ロジスティックス部門(貿易・物流部門)を分けるかどうか議論になったが、トレーディングとロジスティックスは、密接に関連しており切り離せない、当社が欲しい人材はあくまでもトレーディング人材であり、ロジステ ィックス人材で留まってほしくないという狙いを込めて分けないこととした。

 以上から、A社のキャリアフィールドは

  ● 国内トレーディング
  ● グローバルトレーディング
  ● インベストメント
  ● リテールマネジメント
  ● コーポレート
  ● ファイナンス
  ● リスクマネジメント

 の7つとなった。

 設定したフィールド毎に対応する組織を整理した。

③モデル人材像の設定
 次に、キャリアフィールド毎に、目標となるモデル人材像の設定を行った。
その狙いは、下記の通りである。
 これまで営業部門、本社部門のそれぞれの部門の中での異動がほとんどで、自分の上司しか見えていないケースが多く、ロールモデルを設定する幅が狭められていた。適切なロールモデルが設定できれば、

 ● キャリア目標が描きやすい
 ● 業務へのモチベーションが高まる
 ● 会社へのエンゲージメント(愛着心)が向上する

といった効果が期待される。
 今後は、計画的に部門横断的な異動を行っていくと共に、社内にロールモデルたる人材がいなくても、目指すべき将来像が描けるよう、モデル人材像を明確に設定することにした。

 今後10年先を想定すると、トレーディングが事業の中核であることは変わらないものと想定され、モデル人材像としては、まずは「商社のプロフェッショナル」として経験を積んだうえで、さらに、各分野のスペシャリストあるいは会社のマネジメント(組織長 or ラインマネージャーor マネージャーor 経営幹部)として経営に関与するようになるものと想定した。

 「商社プロフェッショナル」の人材像の設定にあたっては、下記6つの項目毎に要件を設定した。

 また、各分野のスペシャリストであるモデル人材像の設定にあたっては、各フィールドのキャリア目標となり得る表現で設定した。

(3)詳細設計(キャリア要件設計)

 次にプロジェクトチームでは、CDPの中核となる「キャリア要件(※)」と「キャリアパス」を設定することにした。
※ 該当キャリアを遂行するうえで必要なマインド/能力/スキル/資格等の条件

1) キャリア要件の設定
 キャリア要件については、各部署(課ベース)に、
  ● 活かせる能力やスキル
  ● 必要な経験や資格
  ● 当該部署で得られる職務経験や資格等
 をアンケート調査し、下記のように整理した。

 また、モデル人材像との整合性も確認し、モデル人材に到達するためのキャリア要件として、過不足や整合性に問題がないか、プロジェクトチームで確認し、キャリア要件を確定した。

2)キャリアパスの設定
 設定したキャリア要件に基づき、プロジェクトチームでは、

 〇 ベーシックステージで配属となったキャリアフィールドで、身につけられる能力・経験をベースに、アドバンストステージで対応可能なキャリアフィールドはどこか

 〇 アドバンストステージで配属となったキャリアフィールドで身につけられる能力・経験をベースに、スペシャリストステージで対応可能なキャリアフィールドはどこか

といった検討を行い、キャリアパスを設定した。

 今回のCDP制度でのキャリアパスは、部署別役職単位ではなく、キャリアフィールド別キャリアステージ単位で設定したことも、工夫した点である。
 一般のCDPでは、部署単位や部署別役職別のキャリアパス設定をすることが多いが、この場合、キャリアパスから外れたコースを歩む人が多くなり、自分は外れたキャリアパスを歩んでいるという疎外意識を持ちやすくなってしまう。
 キャリアフィールド別キャリアステージ単位という大ぐくりの単位で設定すれば、多くの人が当てはまるキャリアパスとして設定でき、報われているという意識になりやすくなるものと考えた。

(4)CDP制度の全体像

(5)CDP施策の策定

1)キャリア選択支援のための施策
 CDP制度を導入・定着させるためには、社員が自律的にキ ャリアを選択できる環境を整備する必要がある。そのための施策として、A社では下記の制度を整備し、CDP制度の確実な定着を図ることにした。

① キャリア希望制度
● 希望するキャリアを年1回申告できる制度。
● キャリアフィールド単位での希望として人事異動の参考にすることで、希望が実現しやすくなるように工夫した。
● 従来から行っている自己申告制度の中で、希望する職種や職務を申告することは可能だが、これまでほとんど希望を申告してくるケースはなかった。そのため、キャリア希望に特化して申告する制度を創設することにした。
● なお、現部署を離れたいという後ろ向きの希望が出ないように、希望するキャリアフィールドのキャリア要件の充足と希望理由の明確化を必須とした。
● 希望については人事データベースに3年間登録し、異動の際に配慮する。

② キャリア面談制度
● 入社3年目/7年目/12年目といった各キャリアステージの初期段階で、人事部が直接、キャリアに関する面談を実施する制度。
● 事前に「面談シート」を各自作成し、キャリアプランやキ ャリア要件とのギャップ等を自ら考えてもらうことで、社員のキャリア意識の向上を図る。
● 会社がきちんと見ていることを感じてもらうことで、離職防止にもつなげる。

③ 社内インターンシップ制度
● 毎年、年2回のインターンシップ週間を設け、各キャリアフ ィールドから選定した部署で1,2週間のインターンシップを受けられる制度。
● 各キャリアフィールドでは、多くの社員からキャリア希望を出してもらえるようにするため、有意義な経験を積んでもらえる準備をする。
● 応募にあたってのキャリアステージの制限は設けない。
● 応募者数が多い場合には選考を行う。

④ 社内公募制度
● 全社的な新規プロジェクトや特殊なスキルが求められる業務について、対象とするキャリアステージから希望者を公募し、公募条件にあった適材を選考する制度。
● これにより、自発的なチャレンジの機運を盛り上げると共に、これまで把握できていなかった才能の保有者を見出す機会とする。
● 公募にあたっては、上司からの引き留めがかからないように、人事部に直接、希望を提出できるようにする。

⑤ 社内FA制度
● 同じ部署に長期間(7年間以上)滞留し、一定以上の業績貢献をしている社員が、新たなキャリア目標に向けてチャレンジしたいという希望がある場合、そのキャリア希望については優先的に配慮して実現させる。
● ただし、希望するキャリアフィールドのキャリア要件を満たしていることが必要条件となる。

2)キャリア開発支援のための施策
 社員が既定のキャリアを選択するだけでなく、自ら能力開発等を行うことにより、新たなキャリアの開発につなげられるようにできる環境を整備することもCDP制度の活性化につながる。A社では下記の制度についてもCDP制度の導入にあたって整備することにした。

① プロジェクト提案制度
● イノベーション指向の積極的な提案が促進されるような環境づくりの一環として、新規事業につながるプロジェクトの企画提案を年1回受け付ける。
● 提案が、複数の選考を通過し役員プレゼンを経て合格した場合、その提案者は実行責任者となると共に、原則として「管理職」扱いとする。
● 既成概念を超えた斬新な発想を汲み取ることで、事業やイノベーションを生み出す能動的な社員を育成したり、クリエイティブな才能を持つ人材の発掘を企図し、変化に前向きな風土づくりにつなげる。

② リカレント教育支援制度
● 入社4年目以降の社員を対象に、資格取得や留学準備などリカレント教育に向けて、働き方を選択できるようにすることで、キャリアチャレンジを支援する。
● 選択できる働き方は、下記の通り。
 a)一定期間の時短勤務
 b)通勤等に都合がよい勤務地への異動
 c)会社が許容できる、希望に応じた働き方

3 CDP制度設計のポイント

(1)経営戦略との整合性

 企業にとって必要な人材は、経営戦略によって異なる。
 A社の場合、既存事業に加えて、川上・川下分野を強化していく基本戦略をとるうえで、従来のトレーディング中心の人材だけでなく、事業投資や事業経営ができる人材が必要とされた。経営戦略に基づいた人材イメージを明確に描いて、その要件を検討することで、経営戦略と整合する人材を確保可能なCDP制度を設定することができた。

 経営戦略に従って、社員の成長と企業の発展をリンクさせていくことが、CDP制度を有効に機能させる最大のポイントであり、戦略の変更に応じてモデル人材像も見直し、社員のキャリアパスを修正していく必要がある。

(2)キャリア目標を持たせる仕掛け

 社員が皆、将来のキャリア(やりたいことやできること)に関して自分なりの考えを持っているわけではない。
 中長期的になりたい自分を考え、その目標に向かって主体的に挑戦・努力する意識を多くの社員が持てば、間違いなく強い会社になる。できるだけ多くの社員にキャリア目標を持ってもらうようにすることが望ましい。

 A社ではキャリア目標をできるだけ社員全員に持ってもらうようにするため、様々な仕掛けを用意した。
 年1回、キャリア希望を申告してもらう「キャリア希望制度」、キャリア目標を持たせるように人事部が直接働きかける「キャリア面談制度」、キャリア目標を具体的にイメージできるように業務経験を積んでもらう「社内インターンシップ制度」、キ ャリア選択の意識を社内で醸成させる「社内公募制度」や「社内FA制度」などである。
 社内にはないキャリア目標を持った場合でも、それを支援するためのプロジェクト提案やリカレント教育支援を行うことで、会社へのエンゲージメントを向上させることも重要である。社外ではなく、社内でさらに努力する方向に目標が変わる可能性もある。

(3)キャリア選択の工夫

 社員が希望するキャリア目標やキャリアパスは、実現可能性が高ければ高いほど、モチベーションも高くなる。さらに実現すれば、会社へのエンゲージメントも、一層高くなることが期待される。

 A社では、キャリア目標・キャリアパスを選択する際に、個別の部署や役職ではなく、キャリアフィールドという大ぐくりの単位で選択するようにした。
 多くの社員が希望通りのキャリアを目指して努力し、希望を実現することで、やる気あふれる社員が増え、会社の活力が大きく向上する。

 もし、当面は実現が難しい個別のキャリア(部署や役職)への希望が強い社員がいた場合には、人事異動のタイミング等によっては希望が実現しない可能性があることを納得してもらうか、キャリア面接で大ぐくりのキャリアフィールド単位での希望に導くようにするなどの工夫が必要となる。

(4)チャレンジすることの大切さの啓蒙

 CDPとは矛盾することではあるが、キャリアの希望や目標、キャリアプランにこだわりすぎると、逆に自分の能力や可能性を狭めてしまうことになりかねないということも留意が必要である。
 意に沿わぬ配置転換や、たまたまやることになった仕事を通じて、思いもしなかった新たな適性や能力を発見・開発し、天職と感じられる仕事に導かれることもある。
 人には隠れた能力や可能性がたくさんある。

 キャリア面接の場では、キャリア目標を持つように促すと同時に、自らの成長に向けて、変化を恐れずにチャレンジすることの大切さも理解してもらうようにすべきである。
 そしてチャレンジしてもらうキャリア目標に対しては、会社として実現のための支援を惜しまない。
 社員一人ひとりの成長こそが、 会社発展の礎となるからである。