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海外現法における現地管理体制の強化

No.616 | 2021年8月号

今月の視点

国内市場の成熟と縮小を見据え、多くの企業が成長の柱を海外に求めている。
海外事業展開を図る場合、まず、現地市場の開拓や競争力のある商流の構築等「攻め」に力が注がれ、海外現法の業務ルールやそれを遵守する仕組み等の現地管理体制、言わば「守り」については後手に回ってしまうことが多い。
日本本社からの距離や言葉の壁から、本格的に手が付けられていない場合もあれば、各種ルールを本社主導で導入したが、事情の異なる現地では殆ど運用されていない、という例も散見される。

土台となる「守り」を固めなければ、「攻め」が奏功して築かれつつある海外事業が、リスクファクターにもなりかねない。
今月は、世界8カ国に海外子会社を展開するA社が、各社の事業実態を重視し、実効性の高い現地管理体制を工夫した事例を紹介したい。

1 海外現法の現地管理体制の類型

 海外現法の現地管理体制を整備する際の基本的な考え方は、下記の2つに大別できる。

①各国の裁量に任せる
 国ごとに法規制や商習慣などは異なることを重視し、管理体制の整備は、現地の裁量に任せた方がよいとの考え方。日本本社は海外現法の現地管理体制にあまり口を出さず、各種の規程や業務ルールは、国ごと(または拠点ごと)の整備に任せる。

②本社主導で管理体制を整備する
 現地管理体制を、できるだけ全世界で揃えるよう、本社主導で世界共通の組織体制、規程、業務ルールを導入する。現法実態の見える化や、内部統制を有効に機能させることで、経営意思決定の適格性を高めたり、統制リスクの低減を図ることにねらいがおかれる。
 どちらを選ぶかは、状況と方針次第である。しかし、明確な方針がないまま各国任せとなり、下表に示す①のデメリットが顕在化してしまうことも多い。次節では、各国任せから本社主導型への方針転換を行い、さまざまな工夫を凝らして対応したA社の事例を紹介する。

2 A社の事例

 A社は、世界で従業員約 1,000 人を抱える産業資材商社である。1980 年代から北京、ベトナム、インドネシアを中心に海外展開を始め、現在では世界8カ国に 15 の海外現法を持つ。海外仕入と現地販売の機能を持つ商社現法の他に、高機能製品を自社製造する製造現法、倉庫管理と物流手配に特化した物流拠点も各国に有している。年間仕入高の7割は海外からであり、海外への販売額は全体の3割を安定して超えるようになった。A社は、海外販売を伸ばしていく方針を明確に打ち出しており、ここ 10 年で海外現法の業績は大きく拡大している。

 一方で社長は、経営管理体制の整備の遅れを危惧していた。A社は海外展開を始めた当初より、現地の管理面は各現法に任せ、事業拡大を優先してきた。この結果、展開地域と規模は順調に拡大し、今後もA社は海外を中心とした成長シナリオを描いている。一方で、現地管理を各国の裁量に任せてきたことによるデメリットが、徐々に顕在化していた。国内の各拠点と比較して、日々の事業運営を十分に把握できていない。全ての現法には日本本社から責任者を送り込んでいるが、日常の仕入や物流管理といった各機能は、現地社員が担うことが多く、現法責任者自身も把握しきれなくなっている。業績数値の報告は上がってくるが、提出が遅れる、過去数値が大きく修正されるなど、数値の信頼性に欠ける現法もある。
 社長は管理体制の弱さを危惧し、幾度かルール整備を試みたものの、日々の事業運営が優先され、中途半端に終わってしま っていた。今後、グループとして海外販売の比重を一段と高めていく中で、この「守り」の弱さが大きな問題に繋がらないか、社長の不安は年々大きくなっていた。

 そんな中、取引先のB社で不祥事が発生した。実質の業者選定権を持つ現地採用マネージャーが、親族が経営する企業と結託して不当な価格での取引を行い、B社には数億円の損害が出たという。
 A社では、このような大きな問題を防げる体制になっているかを確認するため、直ちに信頼できる外部コンサルタントに相談し、ある海外現法について事業運営状況を調査してもらったところ、決裁権限が不明確、契約書管理が杜撰であるなど、社長の懸念通りの現地管理体制の脆弱さが判明した。

 報告を受けた社長は、海外現法の現地管理体制強化に取り組むことを即断し、引き続き外部コンサルタントに入ってもらい、トップ直轄のプロジェクトチームを組成した。

(1)プロジェクトチームの発足

 プロジェクトの発足に際し、社長は、プロジェクトメンバー、現法責任者と現法管理部門マネージャーたちを集めた会議で、今回の現法管理体制強化は、形式的に規程や業務ルールを取り決めるのではなく、グループ全体の管理レベルを引き上げることで、今後A社が海外で一層成長していくための土台を強固にするというねらいを明確に示した。同時に社長は、現時点での現地管理体制の不備は、一切不問にすることを約束し、各現法のプロジェクトへの全面的な協力を求めた。熱の入った決意表明を受け、各現法責任者たちは、これまでスポットのあたっていなかった現地管理体制強化に、グループが本気で取り組むことになったという変化を感じ取った。

(2)マスタープランの策定

 8カ国 15 拠点の現地管理体制強化は、短期間で実現できるものではない。プロジェクトチームは、まず、標準的な現法を選んでプロトタイプを作り、それを各地の現法に段階的に展開していくというマスタープランを策定した。

 外部コンサルタントからは、A社の事業とグループ構成や多様化している現地管理ルールの現状をみると、共通化と個別化をどのように組み合わせていくかが鍵になる、とのアドバイスがあった。これを受けてプロジェクトで検討した結果、現法管理ルールの体系は、A社グループ世界共通のルールと、業種別の事業特性に合わせたルール、および必要に応じ整備する各国の実情に合わせた現法別運用細則の3階建てとすることとした。共通ルールおよび現法別運用細則の雛形については、本社の規程やルールをそのまま流用する案も出たが、日本本社と現法では組織の規模や管理職の充足度合いがあまりに違うため、日本ルールとの整合はとりつつも、海外現法向けルールを改めて整備する必要性が確認された。

(3)標準的な現法でのプロトタイプづくり

 プロジェクトチームはまず、商社・製造・物流、それぞれの業態ごとに1つの拠点を選定し、上記3階建てルールのプロトタイプづくりに着手した。

1)現法の全体像把握と現状分析
 形式的な規程整備ではなく実効的な現地管理体制強化を、との社長方針を踏まえ、プロジェクトチームは、対象拠点の主要関係者へのインタビューを軸に、現状分析からとりかかった。

 プロジェクトチームは、現状分析の結果を踏まえ、重点検討の対象として、現地管理上の課題を抽出・整理した。

2)重点整備対象の洗い出し
 一般的な規程を網羅的に整備するのでは、実効性に欠ける。現状分析で再確認したA社の事業特性や海外現法の実態を踏まえ、どのように重点検討対象を絞り込むか、プロジェクトチームは現法の主要関係者を交えて議論を重ねた。その結果、2つの視点を軸に、現行の業務内容と管理レベルの実態を確認することで重点検討対象を選定することができた。1つは、たとえば主要取引先選定のような、事業への影響の大きさであり、もう1つは、たとえば支払先口座変更手続きのように、不正の発生し易さ、である。

3)重点対象ルールの整備
 現状分析で明らかになった課題一つひとつに対応すべく、プロジェクトチームは現地社員との打ち合わせを重ねながら、現法に即した現地管理ルールを検討していった。その際、現地での実効性を重視して、下記の工夫を行った。
 まず、現地管理ルールは、必要以上に細かく規程化しないという方針で臨んだ。また、詳細な業務手順の説明や業務フロー、移行措置の注釈が必要なものは、「運用細則」として、担当者が分かり易いように記述した。その際、拠点内でルールが管理不能にならないよう、ルール全体の体系、所管部署、およびルール更新の手続きを明確にすることに留意した。
 また、重点検討対象ルールは、相互に関連しあっているため、プロジェクトではその関係を整理し、現法責任者や現地社員との間で、その重要性に対する認識を共有することにも腐心した。例えば、業者の選定や管理は、現地管理上重要なポイントであり、関連するルールは次の図のように多岐に及ぶ。こうした位置づけを理解してもらうことで、ルール遵守に対する一層の意識向上を図ろうとした。

 ルール作成は、まず日本語で行い、順次、拠点内で現地語版に訳すことにした。また、ルールの内容については現地法律事務所からアドバイスをもらい、現地法令や商習慣に適合するよう調整した。
 社長は、プロジェクトチームから随時報告を受けていたが、次々と明らかになる現行の管理方法に潜むリスクの大きさに、今次プロジェクトの重要性を改めて痛感した。
 例えば、仕入条件の交渉とその内容の確認を同一人物が行っていたことや、支払先口座の変更依頼に対するチェック不足、契約書管理の不備、取引業者の選定過程が不明確なまま長年取引を継続していることなど、いつ問題が起こってもおかしくない状態であった。

4)ルール別現地責任者の設置
 海外現法の責任者や日本からの出向管理職は、数年単位で入れ替わる。社長は、現法の現地管理体制強化を確実なものとするためには、現地社員にそれを自分事と捉えてもらう必要があると考え、プロジェクトチームに対策を指示した。

 プロジェクトチームは、策定中のルールごとに、現地社員の中から責任者を選出してプロジェクトに参画してもらい、徐々にその役割を広げながら、最終的には、後述の役割を担ってもらうことにした。この人選は、能力適性や現法内での影響力等を踏まえて適材適所で行い、A社社長自らが直接任命して訓示を与えるなど、使命感をもってもらえることに配慮した。

(ルール別現地責任者の役割)
▹ 各ルール、運用細則等の作り込み
▹ 運用開始に向けた現法内でのアナウンス、個別説明
▹ 初期導入を円滑に進めるための支援と導入状況の確認
▹ 定期的なルール定着状況確認
▹ 運用後、ルール修正の必要が生じた場合の対応

 上記のルール別現地責任者制度は、ルールが確実に定着するまでの1~2年間を目途に継続し、その間は定期的に現法責任者へ報告を行うこととした。

 こうして、海外3拠点でのプロトタイプ作りと導入体制の整備が終わり、プロジェクトチームは、確かな手ごたえを得て日本に帰国した。

(4)世界共通ルールの整備と横展開

1)組織と役職の基本体系の共通化
 プロトタイプ作成を経て、いよいよ世界共通ルールを整備する段となったが、社長はまず、現法組織と役職の基本体系を整理するようプロジェクトチームに命じた。
 組織と役職および役割が不明確では、現地管理ルールが徐々に属人化し、人の入れ替わりと共にくずれていってしまう。日本本社から、現法の事業運営状況が見えにくくなる最大の要因でもある。A社の海外拠点は、これまで自然発生的に組織が作られ、それに応じて管理職登用が行われてきた。結果として、組織と役職のレベルが現法間で統一されておらず、役割・権限もまちまちであるなど、世界共通ルール作成の壁となっていた。
 社長は、いずれ世界共通の管理職人事制度を整備したいと考えていたが、まずは現状必要な範囲で、各国の組織と役職のレベルを統一し、決裁権限も整理することとした。

 検討では、上図のように、本社を基準に各現法の組織・役職・決裁権限を横並びで比較することで、権限が過度に現法責任者に集中している拠点、逆に権限移譲を進め過ぎている拠点が明らかとなった。
 決裁権限については、本社の決裁権限をもとに基本形を作成し、各国の事情を考慮して個別に検討した。

2)世界共通ルールの整備
 プロジェクトチームは、プロトタイプを基に、本社決裁事項、相見積もり、取引先管理、高額支払の本社承認など、世界共通ルールを順次作成していった。この際、非現実的なルールとならぬよう、全現法の業務実態を確認し、共通ルール化が可能かを現法担当者と相談しながら進めた。
 「処理件数が多すぎて現実的でない」など、海外現法で現地管理ルールが運用されない主因は、こうした現法サイドにたった検証と調整を徹底できなかった点にある場合が多い。

3)現地責任者の任命と横串のサポート体制
 また、細かな運用細則については、プロトタイプを基に各現法内で個々のものを作成することとなった。各現法でこの役割を担うのは、ルール別の現地責任者として社長が任命する者とした。

 現法に主体的に動いてもらう一方で、これまで質量ともに「攻め」主体の人材配置をしてきたことから、総じて管理部門が弱い現法に対するサポート体制についても検討を行った。その結果、日本本社側でもルール別の担当者を置き、現法側でのルール導入・定着を、横串でサポートする仕組みを整備して対応することとした。

4)モニタリング体制
 着実にルール導入を進め、しっかり定着させるためには、モニタリング体制の整備が欠かせない。A社では幾つかのルールの横展開が進んだ時点で、モニタリングの仕組み作りに着手した。
 検討した具体策は、確認項目とその方法を詳細に展開したモニタリングシートを基に、ルール別現地責任者が運用状況をチ ェックして日本本社に提出する一方、日本側のルール別担当者も同じ項目について、現地出張の機会やWeb 会議でチェックするというルールである。ここでも、各現法のルール別現地責任者が重要な役割を担うことになった。

 現在、モニタリング結果は社内で公開されており、各現法のルール導入状況や運用レベルを競う空気が生まれ、現地管理体制強化は順調に進んでいる。

3 留意点

 海外現法は、成長の牽引役としての期待を背負う一方で、下記のような状況に陥り易い。

● 情報が十分に上がってこずに実態が見えない
● 規程や業務ルールが十分に整備・運用されていない

 こうした状況から、業務上の大きなミスやそれに伴う損失発生などの事業運営面のリスクや、コンプライアンス上の問題や不正の発生などの法令遵守面のリスクが大きくなる。これらのリスクは、業容が拡大するほどに増大する。
 海外現法における現地管理体制の強化とは、単に規程やルールを整備するだけではなく、現法ごとに異なる事情に的確に対応しながら、上記のリスクを抑えていくことに他ならない。

 A社の事例をもとに、海外現法の現地管理体制の強化に取り組む際に、留意したい点を以下にとりまとめる。

(1)ルール整備の際は、海外現法の実情を前提にする

 海外現法は、「日本本社は、現法の実情を分かっていない」と、日頃から不満に思っていることが少なくない。法律も商習慣も異なり、何よりもそこで働く従業員の考え方と常識が異なる現法に、日本と同じ内容・レベルを期待してはいけない。現地管理ルール整備の際は、下記の問いかけを怠らず、海外現法の視点に立つことが重要である。

①日本本社に準じて運用できる組織体制か
 例えば、組織別役職別に細分化された日本本社の決裁権限基準は、責任者を除くとマネージャーは数名のみ、といった小規模な現法では、複雑すぎて運用できない。

②日本の業務水準や常識を前提にしていないか
 例えば契約書の保管ルールを定める場合、現法では往々にして契約書が適切に作成されていないケースがある。署名漏れ、有効期限が不明、権限者の承認を経ていないなど、保管以前に契約締結に関するルールの整備・徹底ができているかを、まず確認するべきである。

(2)ルール作りを目的化せず、運用定着を必達目標とする

 遵守されないルールは、「ルールを無視する」という悪しき慣習を生む。ルールを無視する習慣が生じてしまうと、ただでさえ従業員とのコミュニケーションのハードルが高い海外現法で、是正することは容易ではない。ともするとルールづくりが目的化してしまうが、運用され定着することにこそ焦点を当てて検討しなければならない。そのためには、下記の問いかけを欠かしてはならない。

①世界共通ルールの範囲を、過度に広くとっていないか
 基本的な考え方は全世界共通とする場合でも、運用細則のような細かなルールは、現法別に整備した方がよい。

②現法責任者の腑に落ちて、運用上の懸念がないか

 現法の隅々まで知り尽くしている責任者が、懸念することがあれば、些細なことであっても丹念に潰しこむ必要がある。些細なことというのは、日本本社の常識であり、ルールは些細なことから破られるものである。

(3)運用を通じ、現地で継続的に改善していける体制を組む

 制度やルールは、初めから完璧なものを作ることは難しい。動き出してみて初めて明らかになることが必ずある。実態がつかみきれない現法であれば、なおさらである。運用しながのブラッシュアップが必要で、そのためには、以下のような PDCAを回す担い手を配置することが効果的である。

 P:運用細則等の作り込みや修正
 D:運用開始と定着に向けた旗振りと牽引
 C:運用状況の把握
 A:問題があった場合の対応策の立案と実行

 現法では、日本よりも社員の入れ替わりが早い場合が多く、形式上の「管理部門責任者」や「規程やルール別の主管部署」を規定するだけでは、せっかく強化した現地管理体制は形骸化しかねない。PDCAをきちんと回し、確実に定着させていくためには、現地推進者を定め、運用細則の作成段階から任せることが有効である。導入する規程・ルールが多岐に亘る場合は、ルール別に登用することが望ましい。

 また、展開国数が多く、共通基本ルールを全世界に横展開する場合には、国別や拠点別に足並みを揃えることが難しくなる。A社の事例のように、日本本社と海外現法各社それぞれにルール別推進責任者を置いて本社が横串でサポートできる体制を組み、現法と本社が二人三脚で PDCA を回す体制が効果的である。

(4) 海外現法トップ以下、現地の意識改革に取り組む

ル ールや制度が守られない理由は、3つに大別できる。

 ① ルールや制度、それ自体に問題がある
 ② 運用手順、または運用体制に問題がある
 ③ 人の意識に問題がある

 安定生産や市場開拓といった「攻め」の役割遂行に日々邁進する海外現法では、現地管理体制整備という「守り」は疎かになりがちであり、特に「③人の意識の問題」は、時間がかかり、これといった特効薬がないため、対処が難しい。

 決して形式を整えることが目的ではなく、不祥事や不正が起こらない管理体制を本気で築くという覚悟を、グループトップ自らが強く示し、現法トップにもその意識を継続して持ってもらうことが必須となる。
 特に「守り」を固める重要性の高い現法に関しては、管理体制整備に向く人材を異動させることや、外部人材登用も思い切 って検討するべきである。

 ルールや制度、組織運営体制をいくら整えても、完璧な管理を行うことはできない。それを補い埋めるのは、やはり一人ひとりの意識である。
 高い意識で主体的に固めてこそ、漏れのない「守り」になる。