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経営シリーズ

  • 人事制度・人材育成

企業合併後の人事制度統合

No.614 | 2021年6月号

今月の視点

厳しい競争環境で勝ち抜くためには、思い切った経営資源の配分変更が必要となる。企業再編、とりわけ合併は経営資源の配分を変更する有力な1つの手法である。

合併の効果を結実させるためには、経営管理の仕組みを早期に統合する作業が重要となる。中でも人事制度の統合は、経営目標達成に向けた一体感を醸成して人材マネジメントを有効に機能させ、合併効果を追求していく土台になるものであるため、優先的に取り組まなければならない。

一方で、合併前後は、組織体制も固まらない中で多くの業務に追われ、人事制度の統合に必要な人と時間を割くことができない場合も多い。
今月は、外部の力を活用しつつ、合併後に円滑に人事制度統合を実現したA社の事例を紹介し、検討時の留意点を考えてみたい。

1 人事制度を統合する狙い

 企業合併後に、取り組むべき課題が山積する中で、あえて時間を掛けて人事制度の統合に取り組む場合がある。その狙いは下記のようなものが挙げられる。

①経営目標実現に向けた意識の一体化

 合併の目的は、シナジーの実現により事業展開を強化し、経営目標をいち早く達成することである。
 様々な領域でシナジーを出すためには、社員が、「旧会社」の所属意識を払拭し、新会社としての一体感をもつことが必要である。一体感があって初めて、経営目標の達成に向けた意欲を全社的に高め、総合力を発揮することができる。

②旧会社の枠を超え、戦略に沿った人員再配置を行う

 多くの場合、合併の狙い通りに事業展開を進めるには、人材配置の見直しが不可欠といえる。合併前の制度・ルールを維持したままでは、旧会社間での再配置を行う際に調整事項が多く発生し、機動的な動きを損なってしまう。
 また既存社員の配置だけでなく、これから入社する社員を採用し配置するためにも、共通の制度が必要となる。

③新会社として、処遇の序列を再構築する

 グループ内の企業としての序列が、給与水準等の序列に反映されることがある。例えば部長の年収は、子会社より親会社が高く、孫会社より子会社が高いといった具合である。
グループ内の処遇の序列は、新会社の組織運営を阻害することも多く、こうした点を払拭する目的で、人事制度の統合が行われる。

④ 旧会社の人事制度のブラックボックス化を防ぎ、業務効率を上げる

 旧会社の制度をそのままとすると、制度の運用に関わる業務もそのまま残り、結果として業務の属人化が進み、人事部内の業務分担を阻害し、いずれは運用実態の把握が困難になる。制度統合を行うことで、改めて業務設計が必要となるが、人事制度の方針・構造を皆で共有し、運用も新会社の人事部が一貫して遂行することができる。

⑤ 異なる人事制度を適用することで、同一職務の社員に発生する不公平感を是正する

 本社の管理部門が典型であるが、人事制度の統合を行わない場合、同じ職務を行っているにも関わらず、評価の仕方や、処遇の反映の仕方が異なるという不公平が発生しかねない。
 新会社の社員として気持ちが揃うよう制度統合を行う。

2 制度統合に伴う負の側面

 制度統合は経営上の目的に沿って実行の判断がなされるが、実際の統合を実現するに当たっては、留意すべき負の側面も存在する。負の側面は十分な検討を行うことで、「課題」として扱い、対策を講じることで抑制できる場合もあれば、制度統合の効果を享受するために、ある程度の受容が必要な場合もある。

①制度統合に伴う移行費用の発生

 1社の制度改定では、「個々の社員」と「新制度」の差により、移行費用が発生する場合があるが、制度統合の場合は、「旧制度(全社員)」と「新制度」の差により、移行費用が大幅に膨らむ恐れがある。

 例えば、給与水準の低い生産子会社と、水準の高い販売親会社の対等合併を行い、合わせて人事制度統合を行う場合に、現状の処遇水準の異なる社員を1つの制度に移行させる方法は、人事制度統合の大きな論点となる。
 生産子会社の社員が低い賃金にある主な理由は、これまでの個人の考課結果が芳しくなかったということだけではなく、そもそも給与制度が販売親会社よりも低い水準となるよう設計がなされていたことである。旧制度と新制度の「制度差」での移行費用を予期した上で、新制度への移行方法を検討する必要がある。

②処遇序列の大変化による組織運営の混乱

 会社の処遇序列は、組織上の上下関係、年功等を軸に長い歴史の中で形成されてきた「人に対する考え方」やそれを反映した給与体系、労働組合との関係性等の複合的な要素を反映して成り立っている。
 異なる会社同士の制度統合を行うと、1つの会社の序列を修正する場合よりも大きな変化が発生し、その後の円滑な組織運営を阻害することにもなりかねない。

③処遇向上の期待利益が失われることによるモラールダウン

 統合新制度になり処遇の体系が変化したことに伴い、昇格に必要となる年数等の要件が変わり、旧制度よりも昇格タイミングが先になってしまうことが生じうる。こうした事象は昇格に限らず、昇給・賞与においても発生し、結果、これまでのような処遇向上余地ではなくなる。
処遇向上余地の変化は「①制度統合に伴う移行費用の発生」で例示したような、「制度の差」がある場合には大多数の社員に影響が及ぶ。こうした点は、特定の資格や年層に集中することが多く、組織運営上の要となる年層がモラール低下することにもなりかねない。また、制度統合の方法によっては既得権益を奪うケースも発生するため、慎重な検討が必要となる。

 こうした負の側面は、1社の人事制度を刷新する際にも発生するものでもあるが、統合の際は一層大きな影響をもたらしやすい。後述する検討事例の中でも、負の側面の具体的な内容を紹介する。

3 制度統合手法の選択

 一般に、人事制度の統合は2つの選択肢が考えられる。
いずれかの旧制度に片寄せする手法と、新しい別の制度を作り、移行する手法である。後者については、旧両制度の一部を生かして作り上げる場合もある。

 片寄せする手法とは、給与水準をどちらかに寄せることだけを指すのではなく、資格等級制度・給与賞与制度・評価制度等の主だった人事制度について、片方をほとんど改定することなく、もう片方を移行させることを指す。
 片寄せする手法を採ると、新制度を検討する手間がかからず、変更対象も片方の社員だけであるため、迅速な制度統合が実現できる一方、以下のような問題点もある。

① 制度差を背景に、一方の社員に無理な移行が発生しうる

② 他方の制度に移行する側が有利になる場合と不利になる場合とがあり、どちらの場合も、制度が維持される側との間で不公平感が生じやすい

他方、新制度を作る手法は以下のようなケースで選択される。

① 対等合併の方針の下、企業が1つになったため、人事制度も一方の制度に片寄せすることなく、新たに設計したい

② 制度の統合を契機に、それぞれの会社が旧制度で抱えてきた人事課題を、新制度で解消したい

③ 旧制度間の人事思想の差、等級制度や評価・処遇制度などの構造の差、処遇水準の差が大きい

④ さらなる企業再編の予定はなく、制度統合の実現まで1年以上あることから、検討期間、組合交渉期間、従業員説明期間を十分確保できる

⑤ 人事部に、新制度を作り統合する企画、推進能力がある

 片寄せの手法を採るか、新制度を作るかは、新会社の経営上の狙いに沿って、旧制度間の違いや検討に要する期間、そのための体制等を踏まえて選択するものである。いずれにしても、制度統合の検討にできるだけ早く着手するために、合併前後の早い時期に決定することが望ましい。

4 新制度を構築して統合を図ったA社の事例

①A社の事業概要、合併の背景
 A社は、消費者向けに高~中価格帯オーダーメイド品を主として直接販売する旧α社と、中~低価格帯レディメイド品を主として卸売チャネルを通して販売する旧β社が、合併し誕生した企業である。旧α社は国内市場の成長余地が鈍化する中、積極的な販路拡大・新規顧客取込みの体制を整備し注力した結果、販売する製品の違いはあれど、旧β社の販路や顧客との重複も出始めていた。旧β社は、事業環境の変化から対象顧客の増加が見込まれ、積極的な営業攻勢に打って出るタイミングであったものの、リピーター対応に軸足を置いてきたため、新規顧客開拓に適した体制構築ができてこなかった。
 親会社であるメーカーγ社は、両社を1つにすることで事業を統合し、販売チャネルの効率的な活用や旧β社事業の積極的な展開を図ろうと考え、合併を行った。また両社の経営資源を相互に活用するという狙いから、対等合併を大方針とした。

②人事制度統合の目的
 合併により誕生したA社は、合併検討時から人事制度統合の必要性を認識し、以下の人事制度統合の目的を据えた。

■旧2社の事業間をまたいだ異動の促進
 合併の目的を達成するため、新規顧客開拓にノウハウのある旧α社の人材を、旧β社の事業に異動させ、旧β社の営業戦略をより強力に推進することが必須であった。また、販売チャネルを有効に活用していくためには、旧2社両方の商品や販売チ ャネルの特性に精通した人材も必要で、こうした面からも人材交流が円滑にできるよう、人事制度統合が求められた。

■旧来の処遇序列の再編
 これまでは、グループの中で、旧α社が販売の主力を担ってきたことから、旧α社が旧β社より上位に扱われる、グループ内の序列のようなものがあり、処遇水準も旧α社の方が高く設計されていた。合併後、こうした上下関係は、円滑な組織運営の阻害要因となるため、今後は、グループの販売機能を担う人材として、所属していた会社と関係なく括り直すことにした。

■社内融和、一体感醸成
 グループ会社間の序列意識を払拭し、新会社として1つになったことを社員に実感してもらうためにも、人事制度統合を契機とした一体感の醸成が必要であった。

③制度統合手法の選択
 制度統合の手法に関しては、対等合併に至った背景から、どちらの制度にも寄らない新たな制度に両社が移行することで、全社員が一体感をもって協力し合あうことが望ましいと考えられた。また、以下の観点からも、片寄せ手法には、いくつかの懸念点があるため、新しい統合人事制度を構築する手法を選択することとした。

■給与格差
 現状、旧β社の方が処遇水準は低いが社員数は多く、また今後は、旧β社事業の現場に対する採用強化が見込まれていた。そのため、単純に給与水準を“高い方に合わせる”と、人件費総額の大幅な増加が懸念され、“低い方に合わせる”と、社員のモラール低下が懸念された。

■給与体系の違い
 旧α社の基本給は勤続給+職能給、旧β社の基本給は年齢給+職能給となっていた。ただし職能給については、旧α社は定期昇給のないシングルレート(各職能資格につき固定額)を採用し、旧β社は昇給のあるレンジレートを採用していた。こうした給与構造の大きな違いから、片寄せ手法では多くの社員に調整給が発生することが見込まれ、人事部の業務負荷や社員の受け止め方を考慮すると、片寄せ手法は選択し得なかった。

 ここまでの検討を受け、A社トップマネジメントは「将来に渡る禍根のないような、入念な検討」と「タイトスケジュールでの制度統合の実現」は容易ではないと判断し、人事部を中心として、外部のコンサルタントを交えたプロジェクトチームを編成した。なお、A社は中長期的には厳しい収支見通しであったため、こうした事業環境を背景に、プロジェクトチームには、「制度統合に関わる費用の発生」は最小化することが期待された。

④人事制度刷新の目標設定
 こうした経緯を踏まえ、プロジェクトは、まず新人事制度を刷新して成し遂げたい目標の設定を行った。

■脱年功序列・役割重視
 両社旧制度の勤続給や年齢給は、代表的な属人給であり、年功給的に運用されやすい面のある職能給と相まって、年功序列色の強い給与制度として運用がなされてきた。社員の最適配置を実施し、戦略を推進するという制度統合の目的に向けて、社員の意識・行動改革を図るためにも、年功色の強い仕組みから脱却し、各自の担当する役割と成果を重視する制度を目指すこととした。

■健全な社内競争による相互研鑽、早期抜擢
 役割重視の下、社内における社員間の健全な競争意識を刺激することで、相互研鑽する風土を作っていく。特に管理職層の質向上を目指し、力量のある社員の早期抜擢を実施する方針を据えた。

■中途採用強化
 年齢構成の歪みから、今後管理職を担う世代が不足することが懸念された。中途採用で特に補いたい 30 歳前後の社員に、魅力ある給与水準を提示でき、入社後も生え抜き社員同様に中途採用社員が活躍できるような人事制度に変更することが必須であった。

⑤新人事制度の骨格設計
 続いてプロジェクトチームは、「統合の目的」、「新制度の刷新目標」を念頭におきつつ、「統合に伴う費用の発生」を最小に留めることができるよう、統合新制度の骨格設計に着手した。
 入念な検討の結果、制度刷新の目標に照らして、保有能力を重視する資格等級制度ではなく、実際に担当する役割とその成果を重視する役割等級制度を導入することとした。

 その際、直販・卸売りといった営業形態による役割グレードの違いを、新たな役割等級制度の中でどう位置付けて処遇するかが重要な論点となった。検討の結果、営業形態によって期待される成果や責任の重さは変わらないものの、求められる販売スキルに大きな違いがあることに着目し、ベースになる役割等級の部分は給与テーブルも含めて共通化し、販売スキルの違いには、職種手当を設けて対応することにした。

 「職種手当」の導入に伴い、基本給は「役割給+職種手当」となったが、職種としての難易度を念頭に手当金額を検討した結果、旧α社の社員が多く該当する直販営業職の金額は、他の職種よりも相対的に高く設定することとした。その結果、合併時点に生じている旧α社・旧β社の給与差の一部を、職種間の給与差として説明できた。また、今後職種をまたぐ異動が発生した際も、職種手当の付け外しで職種に応じた処遇対応が可能となる柔軟性も、この仕組みの利点である。
 役割給は、レンジレートとすることで、新制度同資格に移行する旧α社社員、旧β社社員の水準差を吸収できるように設計した。これにより、ほとんどの社員は、現在の支給水準を維持したまま新制度に移行することが可能となった。
 ただし、このままでは、役割に応じた処遇が実現できないため、その後の評価を通じた昇降格や昇降給を通じて、果たしている役割に応じた水準にできるだけ早く是正していくことにした。

 なお、旧α社の一部の社員は旧制度での給与水準が高く、新制度の役割給の上限を超過することが想定された。こうした社員を次の等級に位置付けることも考えられたが、各人のこれまでの成果を考慮した結果、移行に伴う昇格は時期尚早と思われた。そのため上限を超過する水準については、『移行用のテーブル』を設け、こうした上限超過者のみに対して一時的に活用する特別ルールを設計した。

 また、移行時に役割給の下限を下回るケースは、できるだけ発生しないよう、役割給の下限そのものを低めに設計した。なお役割給の下限を低めとすることで、昇格時の昇給が小さくなることがないよう、昇格インセンティブのあり方については別途、工夫を凝らした。

⑥制度統合による負の側面の整理
 プロジェクトは先程の骨格を下に設計内容を具体化し、社員を移行させた場合に生じる負の側面と、それに対する考え方を整理した。

イ)制度統合に伴う移行費用の発生

 一般職は、前述のように給与水準は変えずに、対応する役割等級に位置付けることを基本としたため、移行に伴う人件費増はわずかであった。ただし管理職は、一体となって全社的な視野に立ち、合併後の戦略推進を主導してもらうため、旧α社・旧β社の処遇差を無くす方針とした。旧β社は管理職の給与水準が相対的に低かったため、役割給の下限まで一律給与引き上げが必要となり、少なからぬ移行費用の発生が見込まれた。
 プロジェクトチームは、合併の戦略推進のために必要な費用であると考えたが、統合に伴う移行費用最小化の観点から、さらなる慎重な検証が必要と認識した。

ロ)処遇序列の大変化による組織運営の混乱

 年齢・勤続の多寡=給与の多寡=序列の高低と捉えていた社員にとっては、統合によって、年齢・勤続と給与の逆転も発生しうるため、受け止めに時間が掛かることが想定された。
 プロジェクトチームは、制度刷新の目標と表裏一体であると考え、これについても合併の戦略推進のためには、受容が必要と考えた。新人事制度の説明や運用を丁寧にサポートすることで理解を浸透させていき、社員の混乱を抑えることができるよう対策に取り組むこととした。

ハ)処遇向上の期待利益が失われることによるモラールダウン

 役割給を幅で持たせることで、同一資格に入る旧α社社員も旧β社社員も現行水準を維持し新制度に移行できるが、先述した『移行用テーブル』に移行する旧α社の社員は、あくまでも移行用の位置にあるため、昇格をしない限りは今後勤続・年齢が増えても昇給しない設計とした。対象となる社員は約 150 名と少なくない人数であった。
 プロジェクトチームは、組織運営上大きな影響が出ると理解しつつも、こうした社員のために新制度の骨格を変更することや、新制度の思想を曲げ、特別に移行時に昇格させてしまうこと等は選択し得ないと考えた。早期に昇格を目指してもらうために、配置転換や教育研修の重点対象とし、能力開発を促すこととした。

⑦人件費の長期シミュレーション
 「制度統合に伴う移行費用」の規模によっては、刷新目標の
中途採用強化に向けた、競争力ある給与水準の設定ができない恐れがあったため、コストを精緻に試算する必要あると判断し、人件費のシミュレーションに取り掛かった。

 「制度統合に伴う移行費用」は、統合に伴い足許で発生する費用である一方、中途採用を強化し年齢構成を是正していくことは、中長期で発生しつづける費用であることから、足許の人件費のみを試算しても誤った判断を招く恐れがあった。そこで年齢構成・資格構成の変化を 10 年という長期で試算し、その影響が人件費にどのような形で反映されるのか試算した。

 試算の結果、少なくない人件費増加が明らかになったため、プロジェクトチームは、合併後の事業戦略を描く別のプロジェクトチームと十分な協議を重ねた。その結果、事業戦略上、人材の量や質の確保を重視していたこともあり、経営目標達成のためには受容する必要のあるコストとして、社内での意見が一致していった。

⑧トップマネジメントへの報告
 プロジェクトチームは、新人事制度の目標と骨格、制度統合に伴い発生する負の側面、特にコストに関わる事項をトップマネジメントに報告した。

 トップマネジメントは、事業展開に弾みをつけるために制度統合は必須であるという認識の下、負の側面の発生は受容せざるを得ない事項として認識された。その上で、制度統合の狙いを丁寧に伝えていくこと、モラールダウンが懸念される社員個人に対して十分な説明を行うことを指示された。
 また、構想している事業戦略を推進することが、企業合併、制度統合の狙いであることを改めて強調され、統合に伴い発生するコストは、今後の事業損益が向上していけば許容できるものとして判断された。

 こうしてプロジェクトチームは、引き続き新制度の詳細設計を行うこととなった。

⑨詳細設計・組合説明へ
 プロジェクトチームは、改めて統合に向けて取り組む事項をスケジュールに整理し、検討を進めていった。
 タイトなスケジュールとなるため、新制度が施行されるタイミングから逆算で組合交渉の妥結時期等のマイルストーンを設定し、いつまでにどの制度の設計が終わる必要があるか日程展開し、きめ細かいスケジュール管理をしつつ、検討を終えた。

5 人事制度統合の留意点

(1) 旧制度の利益代表とならず、統合の目的・刷新の目標に沿って検討を進める

 どちらの旧会社にメリットがある、どちらの旧会社にデメリ ットがあるという話になると、本来目指すべき統合の目的、刷新の目標を見失ってしまう。
 プロジェクトメンバーは旧制度の利益代表ではなく、新会社の全社の代表として、事業展開上・人事方針上、“あるべき姿” を追求し検討する必要がある。

(2)スピーディーな検討を行う体制を構築する

 合併の効果を出すためには、早期の制度統合が期待される。一方で1社の制度を改定するよりも、検討の負荷は大きい。

 ● 思想、構造の異なる複数制度を同時に分析・調査する
 ● 制度の数だけ、検討・判断に係る社員が増える
 ●負の側面の検証を丁寧に行う必要がある

 スピーディーな検討を実現するためには、トップマネジメントの判断・指示が迅速に得られる体制を組み、旧制度の実態を熟知し、新制度の導入定着を支援する人事部のスタッフが十分な検討工数を割けるよう、定常業務の分担見直しが必須である。

(3)旧制度の思想・運用実態まで入り込んだ検討をする

 制度統合の目的として挙げられる、“配置最適化”や“一体感の醸成”を成し遂げるためには、制度を作って終わりではなく、狙いに沿った制度運用が必要となる。
 旧制度の仕組みだけを見るのではなく、設計の背景となった思想や、長年の運用実態を丁寧に紐解くことで、統合を検討する上での懸念事項、留意事項が見えてくる。

 A社では思想・運用実態まで入り込んだことで、旧α社・旧β社の制度の抱える年功序列を変えることを、社員が受け入れるのに時間がかかるものと実感した。
 そのため役割重視という刷新目標は、序列に対する価値観が大きく変化するという統合の負の側面と表裏一体であることをトップマネジメントに報告し、認識を共有した上で細部の詰めに入った。
 制度統合に当たっては、労を厭わず、旧制度の思想・運用実態まで丁寧に理解して取り組むことが求められる。

(4) 統合の負の側面を早期に認識し、抑制する方法を検討する

 統合の目的や刷新の目標は、皆が望む夢のようなもので反対意見が出るようなものではない。
 しかし実際に統合の検討を進めると、どうしても統合の負の側面が顕在化してきてしまい、総論賛成・各論反対の状況に陥る場合がある。手戻りの許されないタイトスケジュールである以上、検討が膠着してしまうことだけは避けたい。
 できるだけ早期に統合の負の側面を認識し、どのようにしてそれを抑制するか、どのようにしてそれを合理的に説明付けるか検討する必要がある。

(5)トップマネジメントの意思決定を適切に支援する

 合併して間もない会社である以上、トップマネジメントは人事制度に限らない様々な経営課題に対処する必要がある。トップマネジメントが都度最適な判断を行うためには、意思決定を適切に支援する材料を、必要なタイミングで必要な具体性で用意する必要がある。

 A社では、長期の人件費シミュレーションを行うことで、許容できる人件費増か否かをトップマネジメントが判断する適切な情報として提示することができた。これにより、新制度への移行に対する迅速な意思決定がなされ、検討をスムーズに進めることができた。