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設備投資成功に欠かせないこと

No.624 | 2022年4月号

今月の視点

 
 長く続いている低金利政策は、積極的な投資を行う好機である一方、大規模な投資は、会社を揺るがすほどのリスクがあり、最大級の慎重さを要する経営判断事項である。

 なかでも、企業が既存事業の変革や新規領域への進出のために行う設備投資で所期の成果を上げるためには、事業内容や環境に応じて考慮すべき事項が多い。

 今月は、事業の競争力を左右する大規模設備投資に焦点を当て、各社に共通する成功のポイントを考えてみたい。

1 A社の事例

(1) A社の概要

A社は、産業用資材メーカーであり、原材料と製品用途が異なる複数の事業を経営している。最も売上高が大きいのはX事業であり、国内市場でトップシェアを競う企業の一つである。

このX事業の国内市場は、景気変動の影響を受けにくいが、品質、納期対応力を競合に先んじて向上させること、生産性を高めることが好業績を確保する要点であり、そのためにタイムリーな工場設備の更新が経営上の重点課題である。

国内では、15年ほど前から海外からの廉価品の参入があり、既存事業者の市場の一部が奪われたものの、低品質の外来品と、高品質の国内メーカー品との棲み分けができている。

A社以外は生産能力に余裕があるが、設備年齢が徐々に上がり、各社とも他社の動きを睨みながら設備投資の機会をうかがっている。

A社のX事業は東南アジアにも進出しているが、国内のような高い市場占有率には至っていない。現地企業と設立した合弁会社の生産品は、主として海外に進出した日本企業向けであり、全て東南アジアを中心にした海外で販売されている。

また東南アジアには、日本からの輸出も行っており、輸出品と合弁会社生産品の現地での売上は半々である。

(2) 設備投資案が浮上した背景

A社のX事業では、国内主力工場の製造ラインの更新時期が近づいていた。

X事業の設備更新サイクルは比較的長く、その間に設備メーカーが高性能の新タイプを開発することに加え、事業環境も大きく変化している場合が多い。今回は、海外の納入先からの供給量増加要請、国内市場の縮小、原料メーカーのグローバルな拠点再編の動きなど、構造的に事業環境が変化している状況にあった。

こうした状況を踏まえ、社長は「単に、老朽設備を更新するのではなく、長期的な成長戦略・生産戦略として、“いつ”、“どの拠点に”、“どのくらいの性能を持った設備を”入れるかを判断する必要がある。東南アジアと日本の市場の動向を見極めて、的確な投資をすることが、20年後の浮沈を左右する。今なら財務的にも思い切った手を打つことが可能である」と考えた。

(3) 市場環境分析の実施

そこで社長は、生産、営業、財務の各担当役員、各部署でリーダーシップを発揮している将来の幹部候補人材を集めたプロジェクトチームを編成し、外部の経営コンサルタントを加え、長期的な成長戦略を踏まえた、設備投資計画の立案を指示した。

プロジェクトチームは、社長の方針を再確認した上で、X事業が現在どのような状況に置かれているかについて、メンバー相互の認識を話し合った。

国内市場の見通し、海外市場の見通し、全社業績に対するX事業の貢献度、競合他社の動向など、多面的に意見交換し、今回の投資の目的を踏まえると、計画を検討する上で、次のような論点があることを確認し合った。

□国内市場の縮小が懸念されている一方、海外メーカーの技術力向上スピードは脅威である。どんな製品がどの程度の影響を受けるかで、更新する設備のコンセプトや構成が変わってくる。中長期的な国内の設備集約も視野に入れて、変化に対応できる設備にしなければならない。

□市場拡大が期待される海外市場攻略のために、明確な製品市場戦略を立て、それを支えていくための生産戦略を検討した上で、設備投資計画を立案する必要がある。

□X事業の製品には多くの業界にユーザーがあり、環境問題に端を発する原料の見直しや、新たな用途の出現など、需要に大きく影響する動きが増えている。今後は、市場規模がこれまでより急速に変化することを念頭に、設備投資のシナリオを考えるべきである。

これらの論点を踏まえ、プロジェクトチームは、国内・海外の市場環境分析を行った。統計や各種調査レポート等の資料分析に加え、販売先やその先のユーザーへのインタビューを行い、網羅的に情報を収集して分析・整理した。

①外部環境(抜粋)

②自社の状況(抜粋)

この分析結果を踏まえ、さらに国内事業、海外事業それぞれに、品種区分単位の主要ユーザー・用途、売上・利益の推移を分析し、X事業の具体的な状況をプロジェクトチーム内で共有した。

(4) 戦略の想定

分析結果を受けて、プロジェクトチームはX事業の戦略シナリオを検討した。

1)国内事業

国内の最終ユーザーの業界は多岐にわたり、需要の動きは業界により一様ではないものの、総じて見れば横ばいないし微減が続いている。

国内におけるA社の優位性は、次のような点にあった。

▷標準品の品質精度

標準品で特に重視されるのは品質精度であり、加工のしやすさと歩留の良さにおいて、A社は二次加工事業者や最終ユーザーから高い評価を得ている。

▷高機能品の品揃え

特許を保有する、高機能を付加した製品を複数有している。

▷納期対応力

必要な時に必要なだけ供給できる生産・物流の柔軟な対応力が評価されている。出荷頻度に応じて定番品/非定番品に分け、定番品は在庫で即納し、非定番品は複数アイテムに共通する工程まで加工した半製品で在庫を持ち、受注後に残りの工程を仕上げて短納期を維持している。

国内市場における需給バランスおよび製品価格は安定した状態にあり、高い生産性を保っているA社は高い収益性を維持しているが、今後、この状況を変えてしまう懸念要素が二つあった。

一つは、供給過剰であり、競合各社が最新の大型設備を投入し、業界全体の供給力が需要を上回る状態になると、価格競争が生じやすくなり収益性に大きく影響する。

もう一つが、海外からの輸入品の動向である。東アジア製の標準品は品質が向上しつつあり、特に韓国、台湾には、品質精度の改善を進めて輸出に積極的な企業がある。国内の二次加工事業者の中には、海外品の品質でも高い歩留が出せるよう技術的改善を行った企業もある。国内製品よりも低価格で、ある程度品質の良い輸入品が増えると、標準品において比較的高価格のA社はシェアを奪われる懸念がある。

これらのことを考慮して、長期的視点で国内事業の展開を考えると、設備投資をする際の要件は以下のように整理された。

①自社設備での規模拡大を狙わない

特に今回の更新対象である標準品の設備については、生産性向上の観点から既存設備より容量の大きい設備に切り替えることが望ましいが、同時に生産性の低い別ラインを廃止して集約する。

今回は、自社設備への投資が最適であると考えられるが、生産能力は当面必要な規模に抑え、増産対応は中小規模事業者の買収も視野に入れ、業界全体の供給過剰を防止する。

②独自ノウハウの発揮と多品種少量に適した設備とする

海外品の流入次第では、高機能品の一部と、標準品のうち高い品質精度を求める顧客向けなど、A社にしか作れない製品に集中せざるを得ない状況も考えられる。よって、今回更新する標準品設備においては、品質精度の高い製品や高機能製品に対応でき、標準品を集約した際の多品種少量生産にも適した、柔軟性のある設備とする。

③機能面で付加価値の高い上級品の開発を促進することができる設備とする

現在は、競合に比べて高品質・高精度の製品を提供できているが、競合も当社に迫ってきている。引き続き差別化を維持するために新たな機能の開発や、それを生産できる拡張性のある設備を導入する。

2) 海外事業

東南アジアでの海外事業は、今後も高い成長性が期待できるが、自社の競争力が十分に発揮できておらず、収益性があまり高くないことが課題であった。

東南アジアでは、二次加工事業者や最終ユーザーの多くが、日本国内のような高い品質精度や高機能性を求めてはおらず、概して品質よりも価格に対する要求が厳しい。

このような現状を踏まえ、東南アジアのX事業の展開をどのように考えるかについて、社内の意見は二つに分かれた。

東南アジアへの投資に積極的な意見は、概ね以下のとおりである。

「日本から輸出している製品の品質が、現地で着実に評価されつつあり、既存販売先からの増量要請もある。これを現地生産に切り替えて、新規開拓のネックになっている価格と納期対応をともに改善すれば、拡販が加速するのではないか。」

これに対し、東南アジアへの投資に慎重な意見もあった。

「国内と同等の品質を求めるのは日系企業に限られ、非日系企業の開拓は難しい。投資回収に十分な収益性が得られるのか。また、国内から輸出している製品を現地生産に切り替えることは、国内の雇用を減らすことにつながる。現地での拡販が進まず、現地生産品を逆輸入するような方向になれば、国内のリストラを加速することにもなりかねない。」

こうした社内の意見を受け止め、プロジェクトチームは海外への投資を積極化するか否かを結論づける上での主要な論点について議論した。

□東南アジアにおけるA社製品の需要

これに対してプロジェクトチームは、次のように結論づけた。「今後、A社の品質レベルの製品に対する需要は、着実に拡大する。韓国、台湾、中国において、経済的な豊かさの進展に伴い、最終ユーザー、二次加工事業者の品質に対する要求レベルは継続的に高まっていった。東南アジアにおいても、同様の傾向が強まると予想される。

さらに、これからは脱炭素の要請が強まるため、品質精度の高いA社製品の利用により、二次加工業事業者や最終ユーザーが、生産性向上によるエネルギー消費の節約や資材ロス削減を通じてCO 2 削減に貢献できることを、大きな訴求点にすることができる。」

需要拡大を肯定的に捉えれば、A社が現地拠点での生産を強化した場合、原材料調達、労働力確保にかかるコストは日本国内よりも抑えられるため、国内製品に近い品質の製品を、より低価格で販売することが可能になり、現地での顧客開拓は容易になる。

ただし、需要拡大はあくまで予測であり、投資後に下振れした場合の損失の許容度を考慮することも必要である。

□国内工場の雇用

日本からの輸出品を現地生産に置き換えることや、海外現地生産品を国内に還流することは、国内工場の生産量減少につながり、要員削減を加速することが懸念される。

しかし、東南アジア市場と国内市場を合わせた全体としては拡大傾向にあるため、国内外の生産分担を工夫し、日本からの輸出品を残しながら生産量を調整することで、国内工場要員の急速な減少を避けることも可能である。

□リスク分散

A社は国内に複数の工場があるため、これまでも災害や事故の発生時に柔軟に製品供給を行ってきたが、海外現地拠点の生産能力を拡大しておくことで、原材料調達を含めて、緊急事態発生時の対応力がさらに高まると考えられた。

以上の議論を経て、プロジェクトチームは、海外事業における設備投資をする際の要件を以下のように整理した。

①日本製品に近い品質が達成できる設備とする。

現状の現地市場で多くの顧客が求める品質基準と価格水準では、A社の強みが活かせないため、量的な拡大ができても収益性が確保できないと考えられる。今後も日本国内の製品に近い品質で勝負する。

②投資設備の容量は、高い生産性を維持できる最小限の容量に抑え、将来的な設備規模拡大の余地を確保しておく。

現地に進出している日系企業の新規開拓、既存ユーザーへの販売品種・量の拡大などに絞った、現実的な範囲の拡販量でも、高い生産性を確保できると見込まれることから、それに見合う生産体制を整備する。

現時点で、A社品質の現地生産品がどこまで浸透するかは不確実な面もあるため、さらなる拡販の手ごたえが得られた段階で、設備規模を拡大できるようにしておく。

[図]A社の戦略シナリオ

(5)投資計画の取りまとめ

プロジェクトチームは、議論の結果を踏まえ、中長期の投資戦略を立案し、それに基づいて今回の投資対象となる国内主力工場への投資の目的・内容を整理し、実行した場合の収支、財務への影響について試算を行い、投資計画として取りまとめた。

プロジェクトチームが作成した投資計画の構成は、以下のとおりである。

(6)合意形成と意思決定

プロジェクトチームは、作成した投資計画を社長に報告した。社長からは「今回の投資の前提となる投資戦略は、X事業の今後の展開を方向づける重要なものである。資金と人材を重点に集中するために、関係する各部署に少なからず負担を強いることになる。協力体制を築くために、今後X事業を担う管理職層の気持ちを一つにしてもらいたい」との指示が出された。

プロジェクトチームは、改めて今回検討した投資戦略の根底にある基本的な考え方を以下のとおり再確認した。

・ A社で売上高が最大のX事業の持続的成長を確保する。これまでどおりの国内を主体にした事業経営で縮小均衡に向かうのではなく、成長機会を求め続けることで社員の活躍の場を増やしていく。

・ これまでX事業の中心であった日本国内の枠組みにとらわれず、アジア全体に目を向けて産業の高度化に貢献する。

このような前向きな発想を土台にした投資戦略であることを訴え、投資計画案に対する社内の理解を図った。

X事業の全管理職との対話を終え、プロジェクトチームは、経営会議に投資計画案を報告し、承認を得た。

2 設備投資成功に欠かせないこと

(1) 設備投資の目的を明らかにして共有する

一事業の競争力を左右するような設備投資では、資金の他、新設備を稼働させ、軌道に乗せるまでの人材と時間を要する。そのために他の部門は、予算配分が制限されたり、優秀な人材が引き抜かれたりすることもある。

また、新設備で成果を上げることを任された部門は、軌道に乗り、企業への収益貢献が実現できるまで、全社から注目され、大変な責務を担うことになる。

全社の気持ちを一つにして、成功にこぎつけるために、まずは「この設備投資は何のために行うか」「しないとどうなるのか」「これが最善の戦略か」を明らかにして、社員がその必要性を共有しておくことが重要である。

A社の事例でプロジェクトチームは、設備投資の背景の共有や、シナリオの検討過程でこれらの点を話し合った。単に新規設備をうまく稼働させるということではなく、会社の目的に対して、この設備投資がどのような位置づけなのかを理解して取り組むことで、使命感が生まれ、真剣度合いが変わってくる。

(2) 現実的なシナリオを想定し、的確にマネジメントする

設備投資の検討では、いたずらに悲観的になると前向きな計画が策定できず、事業成長の機会を逃してしまうことになりかねない。

一方で、前向きな気持ちが高ずるあまり、ネガティブ情報に触れても排除したり、過小評価したりすることも多い。投資ありきで楽観的な見込みを立て、実施するための補強材料ばかり集めてしまう。その結果、実施段階に入ってから計画通りに進まずに、頓挫してしまうことが往々にしてある。

A社の事例でプロジェクトチームは、需要の見通し、競合の動きがA社の事業に厳しい影響をもたらす場合を想定した上で、A社はどのように成長し収益を高めることが可能かを想定している。

自社にとって厳しい状況になる可能性を受け入れた上で、そのような状況になったらどういう対応をするのかのシナリオを用意し、的確にマネジメントすることが重要である。調達先、販売先、最終ユーザー、競合先など、自社を取り巻く関係者の動向を念頭に置いた、現実的な想定が欠かせない。

(3) 設備投資の意義と失敗時の損失を重視して意思決定する

①失敗時の損失を想定する

事業競争力の向上や、市場開拓、新規事業進出のための投資判断では、IRRや投資回収期間による定量的な評価が重視される。

これらは確かに重要な判断要素であるが、設備投資の意義と、失敗時の損失をどう評価するかがより重要である。

IRRや投資回収期間などの定量評価は、予め設定した前提条件に基づいて算出される。前提条件の精度を高めるために、各種調査に基づいて根拠を固める必要があることは当然だが、それには限度があり、実際に稼働してみると想定できていなかった経過をたどることも少なくない。

成功した際の収支、利益の大きさも重要であるが、それ以上に失敗した時に何を失い、何が得られるかが重要である。

ある企業グループでは、投資を行うときに「事業の新しい側面が垣間見られる」「技術の転用が期待できる」という二つのことが得られれば検討を進めるという基準を持ち、失敗を恐れずにチャレンジを続けている。

②リスクを小さくして始める

新しいことにリスクはつきものである。最初から大々的に始めるのではなくリスクをなるべく抑えるため、小さく産んで大きく育てることは、投資の常套手段である。

A社の事例では、海外事業の投資を段階的にすすめる判断をしたが、例えば食品業界では、ある地域でテスト販売して、売れ行きを見てから全国展開するという方法がよくとられる。また、規模自体が成功要件となる小売店チェーンのような事業でも、小規模で始めて顧客の嗜好や経営上のポイントを掴んでから、多店舗化することはよくあることである。

設備投資では、様々な想定外のことが起きる可能性があり、実際に動いてみて、初めて見えてくることもある。目的を共有した上で、複数のシナリオを想定して状況の変化に柔軟に対応できるように準備し、その上で腹を括り、勇気を持って踏み出すことが重要である。