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経営シリーズ

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企業買収後の効果を高めるには

No.669 | 2026年1月号

今月の視点


 事業の成長や新規事業への参入を目指し、手段として企業買収を選択することが珍しくなくなってから久しいが、一方で、買収した効果がどれだけあったのかという経営者の悩みもよく聞くようになった。また、本社機能の統合効果は得られたが、買収した企業との事業シナジー(相乗効果)が期待通りに発揮できず、どうしたものかというお問合せを受けることも時折ある。

 企業買収の効果を高める活動は、事前の調査や準備も大事であるが、買収後に買収側と被買収側との間で密度の濃いやり取りができるようになってからが本番といえる。互いに生い立ちが違うからといって距離を置いていると効果は生まれない。

 企業を買収した後、その効果を高めるために大切なことは何かを考えてみたい。

1 A社グループの事例

(1)検討の背景

食品製造業のA社は、これまで特定分野において、品揃え、品質、納期対応等で顧客からの信頼を築いてきた。量販店・専門店・業務用に販路を持ち、他社が容易には追随できない生産体制を確立するとともに、需要が拡大する市場に適時に対応してきた結果、業界有数の企業へと成長を遂げた。独自商品群の販売が好調で、全社の業績を支えている。

ただし、長期的には国内需要の頭打ちが懸念されている。現在の磐石な財務状態を支えに、今後さらなる発展を遂げるためには、事業領域の拡大が課題となっている。

このような状況下、事業領域を広げていくことを目的として、同業で取り扱い分野の広さとマーケティング力に定評があるB社をファンドから買収しグループに加えた。B社はA社より小規模ではあるが、売上高・人員数ともに、これまで買収した企業では最も大きかった。また、A社のグループ会社は機能分担会社が多かったが、ここ数年の買収により、独立的に収益事業を経営する事業会社が増えてきた。

今後も継続的な成長を続けていくために、他社をグループ化する方針であり、独立的に経営する事業会社をグループ内にどう位置づけマネジメントしていくかを明らかにすることが課題となる。グループとしての価値をたえず向上させる体質をつくることが急務になっている。

A社社長は、B社の買収を機に、企業買収の効果を高めるためにどのような施策が必要かを改めて検討することとし、プロジェクトチームを編成した。メンバーには、A社の経営企画部、本社管理部門、事業部門の社員と、A社からB社経営企画部へ出向した社員の中から、管理職クラスの約十名を選任した。

(2)基本課題の全体像

プロジェクトチームは、A社の経営層・幹部社員にインタビュー調査を行い、B社買収後の効果を上げるための課題を以下のように整理した。

①B社に関する理解を深めること

B社はこれまでに買収した企業で最も規模が大きく、事前のデューデリジェンス(精査。以下「DD」とする。)に基づいて買収に至ったが、今後A社がB社の経営をどのように見守り、どのようなときに関与するかを具体化するためには、B社の事業の要点、組織運営、社風等の実態をさらに深く理解することが必要である。

②グループシナジーの実現

マーケティング機能の強化や品揃えの充実など、B社をグループ化したことによるグループシナジーの実現が期待されている。

③B社に対する“任せ方”の具体化

基本的には独立した事業会社として経営を任せつつ、グループ企業の一つとなったB社をどのようにマネジメントしていくかを具体的に検討し、グループ経営の仕組みとして整備する必要がある。

④A社におけるグループガバナンスの担い手・体制づくり

グループ価値を最大化するために、事業単位の執行を越えたグループの方針・戦略を意思決定する機能はどうあるべきか。

またグループとして倫理を遵守するための、グループ会社の監査の体制をどう構築するかが課題である。

⑤新たな役割分担に基づく役員報酬の決定方法の見直し

ガバナンス体制に基づいて役員が担う役割を明確にしたうえで、その遂行状況の評価を反映した報酬決定の仕組みにするべきではないかとの指摘が社内にある。

⑥事業変革に向けた経営幹部の意識変革

A社の経営幹部には、各部門における効率の最大化のみならず、グループ全体の観点から、事業変革に向けて経営レベルの視点をもつことが求められる。そのためには経営幹部の意識変革が必要であるとの声も聞かれた。

⑦A社の継続的なビジネスモデル変革に向けた体質づくり

今後の事業環境変化に対応して、グループの経営資源を活かしながら、たえずビジネスモデルを変革していける企業体質を構築していく必要がある。

このような課題認識を踏まえ、プロジェクトチームは優先的に検討すべきテーマを「グループ経営の確立に向けたA社とB社の連携体制構築」と定めた。

グループ経営の確立という観点では、グループ各社に課題があるが、企業規模を考慮して、まずはB社を対象とした検討に集中するのが得策であると判断し、A社との関係を具体化する各種ルール・基準を検討することにした。

(3)買収したB社の実態調査

A社は、グループにおけるB社の位置づけ・役割を明らかにし、同社の事業運営を見守りながら、状況に応じてB社の経営に何らかの関与をしていくことになる。そのために「B社の企業実態」をより深くとらえて理解することが不可欠であることから、あらためてB社の実情を詳しく調査することにした。

主な調査事項は以下の通りである。

1)主力事業の事業特性

①主要製品・主要販売先

②商流・物流の概要

③市場の特性・将来性

④競合状況

⑤競争力と成長機会

⑥主要なリスク

2)新規事業の概要

3)収支構造

4)組織・機能・業務システム

5)人材・社風

6)経営管理制度・仕組み

実態調査の結果は、A社の経営層やプロジェクトチームのメンバーが思い描いていたイメージとは異なっていた。

事業別地域別に編成された営業組織の業績は、担当者によって大きく異なっていた。地域ごとの市場特性も要因の一つではあるが、より大きな要因は組織的な営業活動ができていないことにあった。売上計画の達成状況が数値で厳しく管理されていたが、営業アプローチの方法、活用する顧客情報、地域の需要動向や競合状況の把握・分析方法については、共通のマニュアルがあるものの具体性に欠ける部分が多く、営業関連情報のシステム化もあまり進んでいなかったため、営業管理者・営業担当者の個々の能力に左右されやすい状況にあった。外部からはマーケティングが強いと見られていたが、実態は能力が高い限られた社員の努力によるものであった。彼らには大きな負荷がかかっており、離職してしまうと著しい戦力低下になると懸念されていた。

また、ファンドの傘下に入ってからは、企業価値向上をねらいとして、短期間に急速に業容拡大策を進めたことから、営業部門に限らず社員の業務負荷が増大し、多くの社員が疲弊していた。

新規分野の売上拡大があり今後一層の業績向上が期待できるという事前の情報があったが、調べてみるとファンドが招聘した社長の人脈を活用して一時的に大きな売上があったというのが実状で、今後の拡大や継続性は不確実なものであった。売上・利益ともに拡大基調という全社計画は、この一時的な売上増を根拠にしたものであった。

プロジェクトメンバーは、当初期待していた相乗効果を上げるのは容易なことではないと認識を改め、B社の中に入って収集した情報に基づいて検討し直すことにした。

(4)グループ運営の検討

プロジェクトチームは、A社グループにおけるB社の位置づけ・役割を明らかにするために、A社・B社それぞれの事業発展の方向性と、共通の方向性を再確認し、その上でグループ経営の基本方針を検討した。

グループ内の企業は、収益事業を営む事業会社と、本社管理機能や生産機能等の一部を担う機能分担会社に分けられる。
B社は事業会社であり、「事業シナジー(相乗効果)の創出」と、「効率化をねらいとした業務、制度、システムの統合」の両面で連携することが考えられる。

このことを踏まえ、プロジェクトチームは、A社とB社の関係について検討し、「グループの事業の発展方向に向かい相互の長所を生かした連携を続けるとともに、事業横断的な機能・業務・システムについて効率化の視点で順次共通化していく」という基本的な考え方を確認した。

基本的考え方に基づいて、以下のような着眼点で事業運営上の連携を図っていくことにした。

[事業運営上の連携着眼点]

1)B社主力分野のより一層の営業力向上

①A社の仕組みをB社に導入することによる営業の高度化

②能動的営業の質のより一層の向上

2)独自商品の開発

①B社の調達力を活かし業界に先駆けた大量調達

②まだ普及していない差別化商品の発掘・開発

3)マーケティング機能の強化

①市場ニーズに関する情報を収集・集約・分析する機能と体制の構築

②情報収集の着眼点、集めるべきデータの方針の共有

4)グループとしての営業・生産の効率化

①A社・B社の営業分担・生産分担の最適化

それぞれの連携を進めていくための主管部門も明らかにした。

事業横断的な機能・業務・システムについては、以下の各領域について、統合すべきことと各社ごとに行うことの考え方を整理した。

1)財務・資金管理

2)人事・福利厚生

3)情報システム

4)商品開発

5)物流

(5)グループ経営体制の検討

①グループ全体視点での経営強化の必要性

A社では、これまで順調に成長してきたが、順調であったが故に近年は異例な経営課題への対応に組織の総合力が発揮されにくい状況にあった。

各本部を超えて取り組むべき経営課題の解決に対しては、誰がどのような役割・責任を果たすかが必ずしも明確ではなく、部門を超えた協力が十分にできていない場合が少なからずあった。

長期的視点に立った今後の方針や、企業全体としての事業展開の方向性について議論が十分でないまま、任される人の判断・動き方に負うところが大きく、以下のような状態が見られた。

・ 衆知が活かされずに行動に移されてしまう。

・ 組織横断的課題や会社方針に関することが解決しきれない。

・ 「そこまでやるのは難しい」という現実的な判断になりやすく、現実感のない無駄な議論がない反面、こうありたいという意思が希薄になりがち。

そのような中で、独立的な経営を行う事業会社が増え、グループ会社が多様化してきた。これらの企業とともにどのようなグループでありたいか、各社にどのような役割を求めるか、グループガバナンスをどうするか等、グループ全体の経営を考える機能の強化が必要となっていた。

そこで、A社の社長は、以下のような目的でグループ経営体制を整備することが必要であると考えた。

①A社グループ全体の経営方針・戦略について、A社の常務以上の役員4名がこれまで以上に議論を尽くすことができる体制とする。

②事業単位で行う新規販売先との取引開始や支出の決裁等に関する権限を、役付でない執行役員に移譲し、常務以上の役員がグループ全体視点での経営意思決定に注力しやすくする。

③上記の考え方に基づいて、A社役員の役位別の役割・責任を再確認し、それを果たしたかどうかで評価し、任免・報酬に反映させる。これによる緊張関係の中でグループガバナンスの質を高める。

④グループ経営における役員体制を上記の考え方で見直すことに伴い、経営企画部門及び経営管理本部が、スタッフとしてどのような役割を果たすべきかを合わせて方向づける。

この方針に基づいて、プロジェクトチームはグループ経営体制を具体的に検討した。

続いて、B社の経営体制と、A社のB社に対する関与のあり方を検討し、以下のようにまとめた。

①B社の経営は、B社取締役会ならびに社長に任せるものとし、これを監督する立場として、A社常務の一人を担当常務とする。

②A社の担当常務が管掌するA社X事業本部とB社を同等に位置づけ、B社社長とA社執行役員X事業本部長の権限はほぼ同じにする。B社社長は、A社執行役員X事業本部長と同様に、B社の経営計画を定め、その達成についての責任を負う。

③B社取締役会決議事項の中でも、A社で社長以上の決裁を必要とするレベルの重要事項については、A社社長との事前協議を行う。

④A社の経営管理本部(総務・人事・経理・情報システム)は、A社単体とグループ全体の企画・管理機能を担うこととし、B社の情報システム整備、人事制度、その他制度・規程の見直し、組織変更等についても、A社の経営管理本部で把握し、グループ全体の整合性、連携可能性、妥当性等を確認する。

プロジェクトチームは、事業持株会社となるA者側と、グループ会社であるB社側の経営体制と相互の関係について、以上の提案を経営層に報告し承認を得た。

引き続き、A社・B社双方の経営計画策定手順とPDCAサイクルの回し方、B社の業績評価、A社とB社の権限関係の詳細等、グループ運営ルールの具体化を進めた。

さらに、他のグループ会社にルールを適応するための調整を行うとともに、人事制度、情報システム等について、共通化を進めるべき部分を明確にし、推進基本計画を策定した。

2 企業買収後の効果を高めるための留意点

(1)買収後の事業精査

一般的に、買収前は売却側から提供される情報に基づき判断するため、買収側にとっては調査に限界がある。

売却側は企業価値を最大限大きくするために様々な手段を講じる。例えば、事例のB社を保有していたファンドは、業績の将来予測値に売却側にとって都合のよい根拠数値を使っていた。人員を削減して採算性を高めることもよくあるが、その結果、B社のように社員の負荷が過大になっていることもある。

また、事例のA社のように、買収しようとする企業を以前から知っていたために、外部からわかる断片的な情報によって思い込みが強くなっていることもある。

このように買収する企業の実態は、中に入ってみないとわからない面もある。買収後の効果を的確に引き出すためには、買収後ただちに事業DDをあらためて行うべきである。

(2)買収目的に基づくグループ方針の早期の明示

買収後の事業シナジーの想定が希薄なまま、買収ありきで進行することが意外と多い。被買収企業に向けて「自主性を尊重する」との方針を示して、買収効果を高めるための具体的な検討にすぐに着手しないことも多い。

被買収企業の社員は、新たな親会社資本のもとでこの先どうなるのかと、不安に思っていることもある。売却側の人員政策により疲弊していることもある。社員が前向きに受け止められる方針を、早い段階で示すべきである。

方針設定に当たっては、大きく二つの観点がある。「グループ経営」と「買収効果の追求」である。

「グループ経営」の方針としては、まず大きな考え方として、集権か分権か、その中間的な緩やかな連携かがある。求心力と遠心力のバランスといえる。

バランスの考え方に基づいて、経営領域別の運営方針を具体化しておくことが重要である。財務・資金管理、人事・福利厚生、情報システム、商品開発、物流など、領域ごとに連携や効率化の視点で共通化すべき内容と、各企業の独自判断に任せる内容のバランスを検討しておくのがよい。

さらに、これらの運営方針に基づいて、買収側企業の持株会社としての役割・機能・収入関係を具体化する。純粋持株会社でも事業持株会社でも、グループ内の各事業にまたがる視点で経営意思決定を行う体制を持っておくべきである。

また、領域別の運営方針は、被買収会社の裁量権や業績評価のあり方を具体化するための基礎になる。

「買収効果の追求」の視点は、「事業シナジー(相乗効果)を発揮するための方法・体制」と、「効率化をねらいとした、間接業務、事業横断的機能、制度、システムの統合」がある。

方針を固めたら、具体化のためのマスタープラン(推進基本計画)を策定し、抜かりなく準備して実施に移していく。買収側・被買収側双方の前向きな意識を喚起するために、買収効果を高める方策をできるだけ早い時期に示した方がよい。