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事業モデルを進化させる視点

No.643 | 2023年11月号

今月の視点


 長期にわたって成長を続けている事業がある。一度は市場を席巻した事業でも、技術革新や異業種からの競合参入等によってすぐに優位性が失われる傾向が強くなっている環境において、いかにして事業を成長させ続けることができるのか。

 長く成長を続けている事業経営者の多くは、事業モデルの構成要素を、頻繁に、一つひとつ具に点検している。そこから成長機会を掴む構想を描き、計画的に事業モデルを進化させている。

 今月はまず、事業モデルの構成要素を整理した上で、事例をもとに、事業モデルを進化させるための視点を考えてみたい。

1 事業モデルの構成要素

本稿では、事業モデルを構成する要素を、下表のように定義している。

①~⑤の要素が、どのような形で事業モデルを構成し、事業成長に寄与しているか、事例を見ながら確認しておく。

①事業コンセプト

世界市場で成長を続けている企業の多くは、創業当初に独自の明確な事業コンセプトを設定し、潜在市場を切り開いて成長してきた。

㈱ファーストリテイリングは、 「『今はないがあったらいいな』という究極の普段着を、手頃な価格水準で提供する」という事業コンセプトを体現する製品を次々と開発し、大きく成長した。

ニデック㈱(旧日本電産㈱)は、省電力・小型化に事業コンセプトを絞り、ブラシレスモーターに経営資源を集中投入したことによって、競合ひしめく中で成長の足掛かりを得た。

②仕組み

事業コンセプトを実現するための活動・機能を的確に設定し、外部関係者との協力関係を含む遂行体制を築けるかどうかが、事業の成否と成長を大きく左右する。

レストランチェーンを営む㈱サイゼリヤは、主力メニューの主原料であるホワイトソースを、ミルクの大量調達が可能な豪州に立地する工場で製造している。この仕組みが、独自の品質と価格の裏付けの一つになっている。

産業用機器のファブレスメーカーである㈱キーエンスは、開発製品の試作を自社グループ会社で行い、協力委託メーカーと密に連携して量産する仕組みを築くことによって、即日出荷という訴求点を実現している。

③基幹業務

開発・営業・調達・生産・物流などの基幹業務を遂行する手順・手法、設備・システムは、事業運営の必須要素である。これをどう築くかによって、事業成長力は大きく変わる。

斬新な豆腐製品を次々と開発し、大きく事業を伸長させた相模屋食料㈱は、滅菌製法と物流エリア拡大という製造・物流業務の革新が、成長の起点になった。

エクスコムグローバル㈱は、モバイル通信機器のレンタル事業で築いた基幹業務を、メディカル支援事業にいち早く適用したことによって、コロナ禍を機に成長機会を掴んだ。

④中核人材

事業の中核的な役割を担う人材が、事業モデル実現の必須要件であることは論を待たない。高い意識と能力を備えた人材を採用し、育てられるかどうかが、事業の持続性と成長性を左右する。

コロナ禍を乗り越え、安定成長を続けている飲食店チェーンの多くは、中核人材である店長の育成に妥協せず、厳格に設定した認定基準をクリアした店長の人数分しか出店しない。

ソニー㈱は、エンタテイメント事業の中核人材であるエンジニアの開発環境を整備し、開発魂に火をつけたことが、再生と再成長の起点になった。

⑤資金調達構造(Fund Structure)

上記①~④の構成要素を築くための資金とその調達構造が、事業モデルの実現を支える。

特にプラットフォーム型事業や装置型産業は、資金調達が成否を左右する。オンラインゲームのプラットフォーム事業を築いた㈱ディー・エヌ・エーの南場元社長は、シェア獲得までの開発資金を調達できたことを、成功要因のひとつに挙げている。

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC:原料調達等への現金支払から売上現金回収までの期間)を最短化し、さらにはマイナスにするような資金調達構造を事業モデルに組み込むことができれば、事業活動から運転資金と投資資金を生み出せる強固な事業になる。

以上①~⑤の要素の点検を起点に事業モデルを進化させた2社の事例を次節で紹介する。

2 A社の事例

(1)A社の状況

A社は医薬品メーカーである。取り扱い製品は「標準品」と「特殊品」に分かれる。

「標準品」は広範囲の症病に使用される製品群で、A社売上の7割を占めている。

「特殊品」は、A社が大学病院と提携して開発を進めた特定の難病を対象にした製品群であり、A社売上の3割を占める。

標準品・特殊品のいずれも国内の自社工場で製造している。

原材料の大半は国内仕入先から調達しているが、特殊品の主原料は国内調達ができないため、海外仕入先から調達している。

(2)事業モデルの点検

A社はこれまで順調に成長を続けてきたが、売上・利益ともに低迷してきている。社長は特命のプロジェクトチームを組成し、事業環境を総点検してその要因を探ることを命じた。

プロジェクトチームは調査計画を立てて社長の承認を得た上で、短期集中で調査を実施した。

調査結果の要旨は次の通りである。

①代替製品の出現

近年、標準品の価格低減要請が強くなってきている背景を探るため、標準品の需給、顧客・主要プレイヤーの動向を具に調べた。その結果、某医薬品メーカーが、標準品に代わる製品の顧客提案を進めていることが分かった。代替品の想定価格は、標準品の8割程度であった。

代替品の供給力にはまだ限界があるため、市場が全て入れ替わる訳ではないが、価格低下圧力になることは間違いない。

②特殊品の成長余力と原料の希少性

社内外のデータを集め、特殊品の潜在需要を推定した結果、特殊品への需要は今後大きく伸びることが確認された。同業メーカーも次々と参入を計画している。

一方、天然由来の特定成分で構成される主原料の供給量には制約があり、原料供給が需要に追い付かなくなる可能性がある。

③全体利益構造

プロジェクトチームは、標準品・特殊品それぞれの正確な原価と利益を把握することにした。現在のA社の原価計算制度とシステムでは正確な製品別利益を把握できなかったが、実績データを集めて製品原価と利益を再計算した。

その結果、標準品の利益率は想定以上に低く、事業全体の利益の半分は特殊品で構成されていたことが明らかになった。標準品の利益率が、代替品の影響でさらに下落する前提で全社収支の成り行きを試算してみると、事業の維持に必要な資金は外部調達に頼らざる得なくなるという結果になった。

(3)構想と具体化

調査報告を受け、社長は次のようにコメントした。

「現在の延長線上では生き残ることはできないことが明確になった。世に求められている特殊品の普及に最大限の貢献ができるように、事業モデルを変革する。

特殊品の事業基盤を確固たるものにし、標準品とバランスをとりながら特殊品主体の事業モデルにどう進化させるか。プロジェクトチームで継続検討し、提案してほしい」

社長の指示を受けたプロジェクトチームは、特殊品主体の事業モデルに向けた構想の具体化と検証を重ねた。

結果として、次のような骨子のプロジェクト案に至った。

①特殊品主原料の自社調達

特殊品の主原料を、自社グループで調達・生産する。具体的には、原料の発掘・生成を手掛けている海外企業を買収し、そこに大規模投資をし、自社独自の調達ルートを確立させる。

②業界標準となる製品開発

特殊品の業界標準となる製品・製法をいち早く開発する。特殊品開発部門を増員し、開発投資を拡大するとともに、製品開発管理基準と手法を刷新する。

③同業医薬品メーカーへの原料販売

特殊品を早く普及させるため、特殊品の主原料を同業の医薬品メーカーに供給する。また、開発した製品の製法・特許も提携医薬品メーカーに開放する。

④標準品製造部門の売却・外注生産

標準品専業の医薬品メーカーに、製造工場を売却する。売却後、標準品の製造を同社に製造委託する。

⑤営業の最適化

特殊品販売に要する知識・ノウハウを整理した上で、営業活動全体の標準プロセスを定義し、全ての営業社員への浸透をはかる。また、標準品と特殊品のバランスを考慮し、営業組織体制を再編する。

⑥投資資金調達

上記①~⑤に関わる資金は、標準品製造工場の売却資金と取引金融機関からの調達で賄う。

プロジェクトチームは、以上の方針に基づく具体策と計画案をとりまとめ、社長に提案し、承認を得た。その後はプロジェクトメンバーが核となり、計画施策を一つひとつ進めていった。

現在は、以下のような事業モデルに進化させ、成長を続けている。

3 B社の事例

(1)B社の状況

B社は飲食事業を営んでいる。新鮮な素材を用いた独自メニューで顧客の支持を受け、多店舗展開を進めてきた。

店舗運営は店長に委ねているが、新規出店、メニュー開発、原料選定と仕入先開拓、一部食材の中間加工は、本社と併設工場で一括して行っている。

(2)点検

B社は創業から一貫して急成長を続けてきたが、近年成長に陰りが見えてきた。

再成長への期待を受けて昨年就任したB社の社長は、まず事業の成長余力と近年の停滞要因を把握することにした。直轄のプロジェクトチームを組成し、中立的なコンサルタントの力を借りて客観的に調査することを依頼した。

調査結果は、以下のようなものだった。

①強い顧客基盤と潜在顧客の存在

過去から継続実施している来店顧客アンケートを時系列で集中的に分析した。近年は、接客・欠品・価格への不満が増えているが、メニューと店づくりについては顧客から高い評価を受け続けていることが分かった。

またSNSを活用した一般アンケート結果では、一度は行ってみたいという声が多く、一定数の潜在顧客の存在も確認された。

②店舗格差

B社は店舗間の業績格差が他社より大きい。要因を把握するため、店舗業績に関連すると思われる要素を洗い出して定量化し、店舗業績との相関関係を分析した。その結果、次の要素が店舗業績に大きく影響することが分かった。

⑴接客水準指数(来店客アンケート結果から指数化)

⑵欠品率(日別の欠品メニュー数と営業日数から計算)

⑶原料歩留率(入荷数と理論使用量から計算)

そしてこれらの要素は、店長によって大きく変動することも分かった。

③基準外の店長登用

B社は創業当初から店長登用基準を設定していたが、急速な店舗展開の中で基準外の登用が行われ、登用後も十分な教育を受けていない店長が増えていた。

④本社工場の欠品・原材料ロス

本社工場で加工した原料を利用したメニューは、調理スピードが速く、顧客の評判も良かったため、店舗から本社工場への発注件数は年々増加していた。しかし増加に伴い、本社工場側の欠品や納期遅延が頻発していた。また過剰発注による原材料廃棄や調理過程での原材料ロスも発生し、原料歩留率は低かった。

(3)構想と具体化

報告を受けた社長は、人材と業務を磨くことによって、事業をさらに成長させることができると確信した。次のような方針を明示し、プロジェクトチームへの継続検討を指示した。

「実質的に店舗を任せられる基準を満たしている店長の数にまで店舗数を縮小する」

「店舗と工場の業務を刷新し、店舗とメニューの魅力を高め、顧客の信頼を回復するとともに、新たな顧客を開拓する」

社長の指示を受けたプロジェクトチームは、現状の店長有資格人数を前提とする店舗縮小計画を立案した。計画は承認され、速やかに実行された。

その後、店長人材の育成、店舗・工場業務の改革について、追加調査をしながら検証と具体化を進めた。プロジェクト案を基に、社長と協議を重ねた末に、次のような方針で進めていくことになった。

①店長昇格基準と運用改定

店長登用基準を改めて策定し、厳格に運用する。一方で、店長の処遇を見直して昇格インセンティブを高め、自己推薦でも昇格審査に臨めるようにする。

②店舗業務の標準化と効率化

メニュー受注、原材料在庫管理・発注に関わる店舗運営システムを整備し、店舗業務を徹底的に標準化・効率化し、店長が調理と接客に集中できる条件を整備する。

③一括発注

本社工場で加工する原材料の範囲を広げ、原材料発注も本社工場に一元化する。

④本社工場の業務システム刷新

本社工場の受発注・生産管理・在庫管理に関わる業務システムを刷新し、欠品なく店舗に供給できる体制を整えるとともに、原価低減によりメニューの魅力をさらに高める。

⑤顧客層の拡張

人気メニューを冷凍食品で製品化し、高級スーパーを中心として店頭販売する。これによって、顧客とのタッチポイントを広げ、潜在顧客に訴求する。

その後B社では、方針を計画に展開し、着実に実行した。計画実行の初期段階では、店舗縮小により一時的に業績は落ち込んだ。しかし、顧客の評価は高まり、店舗あたり売上は過去最高を更新した。

店舗と工場の業務システム刷新が一段落ついた段階で、新たな店長候補者が次々と昇格するようになってきた。これにあわせて新規出店を進め、現在では着実な成長を続けている。

下図のように、計画実行後もB社の事業の仕組み自体は大きく変わってはいない。しかし、事業を支える中核人材と業務システムは、大きく変容した。

4 事業モデルを進化させる視点

事例の2社はいずれも、「点検」「構想」「具体化」というステップをふみ、事業モデルを進化させる道筋を描いた。

以下、ステップごとに持っておくべき視点を記述する。

(1)点検の視点

A社とB社は、業績低迷を機に事業モデルの総点検を行った。A社は製品・原材料市場の調査、B社は顧客分析と業務調査の結果が、事業モデルを質的に進化させる構想につながった。

事例のようにプロジェクト方式で総点検を行わない場合でも、次頁のような視点で、事業モデルの構成要素を常時点検しておくことが望ましい。

(2)構想の視点

事業モデルを進化させる構想を得るための視点として、事例から以下の5点を抽出した。

①広げる

A社は、特殊品の成長ポテンシャルを軸に、顧客を大きく広げるとともに、原料を医薬品メーカーに販売するという新たな商機を見出し、取引先の幅を拡張した。

事業モデルを成長させる上で、自社製品サービスの潜在力を基に、顧客を広げていく視点は欠かせない。

②縮める

A社は、経営資源を特殊品に投じるために、標準品を一部圧縮した。B社は、業務生産性を追求し、店舗・工場業務負荷を大幅に圧縮した。

「どこを縮めるべきか」という視点も、構想には必要な視点である。

③分ける(外注・連携)

A社は、標準品の製造機能を切り分け、生産外注という選択をして特殊品製造に集中した。B社の事業モデルは、契約生産者との連携が中核になっている。

自社が保有する経営資源を集中投入する領域とそうでない領域を切り分け、後者については外注・提携という選択肢をもって価値提供構造全体を組み替える視点も、事業モデル進化の構想には有効である。

④束ねる(統合)

A社は、原料メーカーの買収により、新たな事業モデルを築いた。買収によって狙い通りの統合効果を出すことは容易ではないが、統合が事業モデルを進化させるための有力な手段であることは間違いない。

⑤強める

A社は、特殊品の開発・営業・調達機能を徹底強化した。
B社は、店長人材を厳選し、システムを武器に店舗と工場の業務遂行力を強化することにより収益力を回復させた。

今ある経営資源を強化することも、事業モデルの進化につながる。

(3)具体化の視点

事例をもとに、構想を早く、確実に実現するための留意点を、3点あげておく。

①最適な時間軸

環境変化が急速に進行している場合には、早急に事業モデルの転換を進めなければならない。一方で、事業モデルを進化させるための取り組み事項の中には、一定の時間をかけなければならない課題もある。

「使ってよい時間」と「使うべき時間」のバランスを見極めることが、着実な実行の起点になる。

②検証

A社のプロジェクトチームは、特殊品主体の事業モデルという構想を、多面的に検証し尽くした末に、製造機能分離・原料調達機能の取り込みという結論に至った。

構想の具体化と検証を繰り返すことを通じて、「これしかない」と言いきれる事業モデルに辿り着く。

③アクションプラン

構想を実現するために実行すべき課題、推進責任体制、スケジュールを明確に定義したアクションプランを迅速に立て、これを基にトップが実行を統率し、状況に応じて計画を機動的に更新することが、構想実現への早期着手と完遂の鍵になる。

最後に、世界の小売市場を席巻し、成長を続けているAmazon社の事業についても付記しておく。同社は、品揃えと即時配送を両立させるというコンセプトを実現するために、身軽なネット業態を信奉する投資家からの猛烈な批判の中で、自社物流施設への巨額投資を断行し、独自の基幹業務を築き上げた。また、Hire and Develop the Bestという原則を掲げ、最適人材の採用と育成に全社を挙げて取り組んできたことが、成長の土台になっている。

事業コンセプトと仕組みがいかに斬新でも、競合環境次第で独自性は失われていく。基幹業務と中核人材を磨きぬくことによって、「真似はできても追いつけない」事業モデルを築き上げるという視点も、持っておきたい。