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内部管理体制の強化

No.648 | 2024年4月号

今月の視点


 「この会社の事業は急成長しているが内部管理体制の整備が遅れている」という指摘をよく聞く。開発、調達、生産、営業等、事業推進体制の強化に力を注いで大きく発展しても、「事業計画の精度や業績の安定性に不安がある」「特定の人にしかわからない仕事があり、何かあれば仕事が滞ってしまう」「しっかりした業務基準がなく、いつ問題が起きてもおかしくない」といった悩みを抱えている会社は少なくない。

 企業が永続的に発展するためには、事業基盤とともに、内部管理体制を強化することが必要だといわれるが、「内部管理体制」の範囲は漠然としていて、何から手を着けるべきかわかりにくい面もある。

 内部管理体制の強化というとき、どのような目的で、何を対象にどうするのがよいのか、また、その留意点は何かを考えてみたい。

1 内部管理体制強化の事例

(1)積極的な業容拡大

A社は関東地方に本社を置く食品製造会社である。独自の特色ある商品群を武器に業容拡大を続けてきた。

独自商品を普及させるために直営店での販売を基本とし、大型商業施設にテナントとして出店し、店舗数を増やしてきた。販売地域を関東エリアから東海エリアへと広げ、近年は近畿エリアにも進出し始めている。工場で生産した半製品を、直営店内で最終加工して店頭で販売している。

正社員700名の規模にまで成長し、ゆくゆくは株式を公開したいと考えている。

(2)新たな問題意識

積極的な活動を通じて順調に売上規模を拡大してきたA社だが、さらに発展を続けていくうえで不安な兆候も出始めていた。

毎年作成する年度計画に対し、全社の売上計画は達成できているものの、営業利益率が年度によって大きく上下していて、原材料費の変動や人件費の動向、新規出店経費等では説明がつかない状況であった。また、全社の売上計画を達成しているとはいえ、店舗ごとに見ると計画未達の店舗が既存店・新規店合わせて全店の半数に達していた。業績以外の面では、店舗での現金に係るトラブルや食品の期限表示のミス等が発生していた。

こうした状況に対し金融機関が説明を求めるようになっていたが、本社の関係者が多忙で回答に時間を要することが多かった。金融機関からは「株式公開の検討のためにも内部管理体制を見直した方がよいのではないか」と言われた。

引き続き商業施設からの出店依頼があり、拡大ペースを落としたくないものの、一度社内を見つめ直す必要がありそうだと社長は考えた。そこで本社の主要な幹部社員とともに、見直すべき「内部管理体制」として、思い当たる事項をあらためて洗い出してみた。

概ね次のようなことが挙げられた。

①売上計画が達成できない要因として無理な計画ということもあるが、それ以上に期中において売上高に影響を及ぼすできごとに的確に対応できていないという問題がある。

②期中の的確な対応については、各店の店舗運営力に大きく左右される。機会損失、過剰生産による廃棄ロス等の形で結果に表れる。いずれも利益率に大きく影響する。全体の利益率が不安定なのは店舗運営力が十分でない店舗が多いからだと考えられる。

③人手不足対策として副店長制を設け、副店長がいる店舗の店長に複数店を兼務させる試みを始めたが、うまく機能しているか検証が必要である。副店長には若手社員や、店舗によっては優秀なパート社員を配置しているが、負担が重いといって退職してしまう例がこのところ続いている。

副店長が何をすべきかをきちんと伝えられていないし、そもそも店舗運営における業務上の要点もノウハウも整理されていない。

④店長が複数店を兼務している店舗で、店長不在時に本部のスーパーバイザーが店舗巡回に来て、よかれと思って行った指導により、かえって混乱を招いていると思われる例もある。

⑤スーパーバイザー、店長、副店長に限らず、一部の役職について役割・責任・権限が不明瞭な例が増えてきた。

⑥業務分掌規程はあるが、業務フロー・業務手順書のようなものは未整備の部門が多い。このことがトラブルやミスのもとになっている面が否めない。

⑦本社に目を向けると業務によっては、特定の人にしかわからないものが多くなっている。処理内容が正しいのかどうか、その人にしかわからないのは問題だ。

⑧経営企画部内に広報室ができたり、総務部から人事部が独立したりする等、本社の部門数が増えた。本社各部がそれぞれに店舗や工場に情報提供を求め、その内容に重複感がある。

⑨本社から店舗への伝達事項は、どの範囲の人が共有すべき情報なのか、また、見たらすぐ廃棄してよいのかはっきりしないため、店長や工場長が各々独自に判断しており処理の仕方がまちまちである。

⑩出店先の商業施設との関係で、売上高、賃借料、その他経費の精算方法が様々であり、比較的新しい店舗ではシステムで対応し切れていないために人手が介在するケースが増えている。ミスや月次決算の遅れの要因になっている。

⑪月次の費用処理に時間がかかり、月次決算が出る日が遅い。業績に応じて素早く手を打つことができていない。

こうして様々な角度から個別の問題が列挙され、ついでにあれもこれもといたずらに領域が広がるばかりとなった。同時に、このままの状態で積極的な拡大を続けていくと、いつか組織としての統制が効かなくなって破綻するのではないかという危機意識が、参加していた幹部社員の間で強まっていった。

会社が大きくなるほどトラブルのリスクは増大する。大事に至らないまでも実際にことが起きている。度重なれば企業イメージへの大きな打撃になる。

また、社員、取引先、需要家等、多岐に広がった関係者のために業績を悪化させることはできない。不安要素は極力抑えておくべきである。

金融機関はこれらの懸念事項の一部を感じ取って「内部管理体制の見直し」を指摘していたのだと痛感することになった。社長はあらためて内部管理体制を再点検して充実を図るべきだと考えた。

(3)検討目的の明確化とプロジェクトチームの編成

社長は検討経過を受けて、次のような方針を示し、プロジェクトチームの編成を指示した。

「今まで一人ひとりの頑張りに頼り過ぎてきた。当社らしい商品・サービスを無駄なく提供するために必要な基本事項は皆で共通に実践できるようにしておかなければならない。その上で、一人ひとりが考えて工夫することが大事だ。今のままでは店舗や工場の責任者たちは、本来の役割を見失う恐れがある。会社が大きくなっても一つひとつの拠点の大切さは変わらない。現場の身になって、責任者たちが本来の役割に沿って存分に力を発揮できるようにするにはどうしたらよいかを考える必要がある。」

「こうしたことが問題になるのは、必要な内部管理体制がどういうものかをはっきりさせていなかったからである。そのため個別の問題が発生するたびに行き当たりばったりで対処し、基本的なことが整理されないまま、すべてを現場の一人ひとりに任せることになっていた。全社的によく考えるべき時期になった。」

これを受けて「内部管理体制の強化」をテーマとするプロジェクトチームが企画・管理部門横断的に編成された。プロジェクトチームはあらためて検討目的を次のように整理し、社長の承認を得て検討をスタートさせた。

ひとくちに内部管理体制といっても関係業務の範囲がとても広い。どれも大切な領域だが、あらゆるものを均等に扱うとしたら莫大な作業量になり、いつ終わるかわからない。

検討を進めていく途上で、たえず検討目的に立ち返り、より優先的に検討すべき事項が何かを決めていくことにした。

(4)改善案具体化の過程

プロジェクトチームの初会合で、メンバーは自由討議を行いながら、検討目的を共有した。今後、目的に適う検討を行うためには、そもそも内部管理体制とは何を指すのかという基本的な疑問を解消する必要があるという意見が多く、プロジェクトチームは一般的な内部管理体制の動向を知っておくべきだと判断した。

そのために、現状分析の段階では、実態分析と並行して一般的な内部管理機能の分析に取り組んだ。

1) 実態分析

最初の段階ではとくに絞り込まずに、内部管理機能全般について現場、本社それぞれで行われている業務に何があるのかを確認し、それらの実状について、各工場や代表的な店舗を訪れてインタビュー調査を行った。とくに現場が困っていることや改善を要望していることを選定し、業務の流れ等具体的な実態を確認した。

2) 一般的機能分析

内部管理機能の中で、一層の強化を図る必要があるもの、および本社各部門の間での分担や連携を見直すべき必要があるものをあぶり出すため、一般動向と当社の実態を比較した。必ずしも一般論に合わせるわけではないが、これをヒントにA社として今後対応すべき課題を整理した。

(5)検討結果の概要

分析の結果抽出された改善視点に基づいて、今後取り組むべき事項を検討した。将来の株式公開を念頭に置くと、整備すべき事項が山積みであったが、その中でもとくに重要で急がれるのは、プロジェクトチーム発足時に確認した検討目的の実現であることを再確認し、以下のように方向づけた。

1) A社らしさを打ち出すための基本事項の明確化と徹底

①店舗運営要綱の再整備

  • A社らしさとは何かを再確認し、その実現のために社員が心得ておくべきことを文書化する。
  • 各店が商品品質、接客サービス、クリンリネス等において満たすべき水準を明示する。
  • 店内業務の要点、店長の判断基準、店内従業員の認識合わせの方法等、重要事項の実践方法を明文化する。

②トラブル・ミスを防止する仕組みの再構築

  •  金銭の取扱、食品衛生に係ること等、コンプライアンスに直結する業務の基準を優先的に整備する。

2) 現場が創意工夫に専念できる体制づくり

①役割・責任・権限の明確化

  • 店舗運営に係る体制を明確にするため、店長、副店長、スーパーバイザーの責任・権限の設定を最優先する。
  • 前提として、前述の店舗運営要綱の中で、店長、副店長、スーパーバイザーの役割と担当業務を整理し、各業務においてどのような情報に基づいて、どのような判断をするかを定めておく。

②本社部門の連携と情報伝達の円滑化

  • 本社各部と工場・店舗との間の情報伝達を、本社総務部が一元的に統制する。具体的には、各拠点に伝える情報が備えるべき要件(情報共有すべき人の範囲、情報の取扱方法等)を本社総務部がチェックして混乱や行き違いを防ぐ。

3) 現場をサポートする本社の役割明確化と業務効率化

①必要機能の整備

  • 本社の必要機能については、株式公開をにらんで不足しているものを漏れなく洗い出す。
  • 各機能の整備レベルは、事業との関連、ステークホルダーの要請等を考慮して設定する。
  • 整備の優先度は事業推進の観点から緊急度が高いかどうかで判断する。

②会計関連業務の効率化・迅速化

  • 社内的には計画・実績対比に基づいて適時に対策を考えていくこと、対外的には金融機関に対して適時に適切な業績説明ができることや、税務のため等、目的に応じた数値情報の提供時期、内容、精度を決めて、業務処理ルールを定める。

以上の方向性に基づいて、取り組むべき事項とスケジュール、推進体制を定め、内部管理体制整備の基本計画とし、順次具体化を進めた。

2 内部管理体制強化の目的

営業・開発・生産等の事業推進体制の充実を優先してきた企業にとって、内部管理体制の強化がなぜ必要なのかについて社内の理解を得ることは必ずしも容易ではない。

内部管理体制の強化が必要になるのは、企業規模が拡大し、特定の個人の力だけではなく組織活動で存続可能な企業になるべきときである。よって、以下のようなことが目的である。

(1)堅固な事業基盤づくり

事業規模の拡大に応じて、拠点の増加や部門の細分化が進むと、商品・サービスの品質、コスト管理、納期管理の精度を最適な水準で維持するには工夫が必要となる。事業を成り立たせている条件が確実に満たされるようにすることが内部管理体制整備の第一の目的である。

とくに自社の強みを着実に発揮する仕組み、いわゆるビジネスモデルを具現する基本要件として、以下のような事項が整備対象となる。

  • 業務手順・業務ルール
  • 業務連携の仕組み
  • 不良発生防止の仕組み
  • 不正防止の仕組み

A社の事例にあった店舗運営要綱は、堅固な事業基盤づくりを目的とした整備事例である。

(2)組織的な企業運営

「人に仕事がついている」状況は好ましくない。ある範囲の業務がブラックボックス化し、何が正しいのかがその社員にしかわからなくなってしまう。その社員がいないと業務が回らないような状態から、代わり合い協力して仕事ができる状態に変えるべきである。組織的な企業運営で“規模の拡大”や“経営の代替わり”があっても揺らぎにくい体制をつくることが、内部管理体制強化の重要な目的の一つであり、次のようなことが整備対象となる。

  • 組織機構・業務分掌・職制
  • 組織運営ルール
  • 内部監査

(3)精度の高い計画・業績管理

社内に向けては計画・実績対比に基づいて対策を考えていくこと、社外に対しては出資者や金融機関に対して適切な業績説明ができること等、適時に業績数値を示せることが重要である。そのために業績把握を迅速に行える仕組み・ルールを整備し、PDCAサイクルを有効に回していけるようにすることも内部管理体制強化の重要な目的である。

例えば以下の事項を整備することによって、事業運営の状況を適時に確認し、必要な対策を講じ、経営目標達成の確度を高め、その一連の活動を徹底することが、この目的を実現することにつながる。

  • 会計制度
  • 業績管理制度
  • 人事制度

3 内部管理体制強化の要点

(1)どういう状態にあるかの見極め

内部管理体制の強化といっても、何を指すのかがあいまいなことが多い。自社の状態を見極めることが肝要である。

まず、前章で述べた三つの目的に照らしてどうかを確認する。「事業基盤が堅固な状態にあるか」「組織的な企業運営ができているか」「精度の高い計画・業績管理ができているか」について、社内の実態分析を行う。

合わせて、内部管理の機能について一般的に述べられているあるべき論を確認する。必ずしもそれに合わせなければならないということではないが、社内だけで考えていても何をどこまで改善しなければならないかが見えてこないことも多い。

実態分析と内部管理の一般動向分析との両面から、自社の内部管理の状況を確認することで、検討すべき対象が体系的に整理しやすくなる。

(2)重点課題の優先順位づけ

内部管理体制を強化しようとするとき、対象範囲が非常に多岐にわたることが多い。優先順位をつけて順番に解決していくしかない。優先順位をつけるためには、その基準をどうするかをよく考えることが大切である。A社の事例では、店舗や工場の現場に係る問題の解決につながることを優先した。企業の置かれている状況に応じて重点の置き方が変わってくる。

(3)なぜ今「内部固め」なのかの共通認識

内部管理体制の強化においては、営業や生産等、売上・利益を生むことに直接かかわる仕事ではない部分の整備も多い。そのようなことになぜ今取り組まなければならないのかという疑問が出てくる。優先順位をつけながらも、幅広いことがらに手を着けるため、全社的に関係者を巻き込んで協力して進めていくことが必要である。

置かれた状況の見極めを経て、自社にとっての目的・意義をあらためて明文化し共有することが大切である。

(4)事業の独自性との整合

A社の事例では、店舗・工場の現場が創意工夫に専念できる体制にすることを重視して内部管理体制強化に取り組んだ。事業の独自性の発揮を重視していたからである。

内部管理体制の強化においては、一見、事業と直接関係ないことを対象に検討することも多いが、常に「事業を支える」という視点を忘れるべきではない。

例えば、管理機能を充実させることで本社が忙しくなり、現場の状況に目を向けなくなることは避けなければならない。業績だけの管理を強化したことで、手抜きやルール違反が生じやすくなる例は少なくない。逆に、本社機能の細分化により、本社の多くの部門から拠点に対する要請が行われ、現場が本来業務以外で忙しくなってしまうことも避けなければならない。

内部管理体制を強化することは、必ずしも仕事を増やすことではない。常に事業の独自性発揮を支えるために、より良い方策を考え工夫する姿勢で取り組むべきである。