今月の視点
企業を取り巻く経営環境が劇的に変化している。コスト削減や価格改定といった従来の事業運営の延長では対応しきれず、事業モデルの再構築そのものが必要となる場合も多い。過去の発展を支えてきた事業の仕組みを見直し作り変えることには、リスクや社内の抵抗への対応が求められることもある。
環境の変化に直面し、事業モデルを変革したことにより、成長性や採算性を再び向上させた事例を参考に、事業モデル変革に取り組む際のポイントについて考えてみたい。
1 事業モデルの定義と構成要素
事業モデルは「企業が価値を創造し、それを顧客に提供し、対価を得て利益を生み出す一連の仕組み」であり、以下のような事項が事業モデルを構成する主要な要素である。

対象顧客に提供価値が適合し、価値創出にかかる費用を上回る収益が得られていれば、事業モデルが成り立っているといえる。業績悪化が続いている事業は、全体のどこかに不整合が生じていると考えられ、事業モデルを再点検した方がよい。
2 A社の事例
(1)検討背景
A社は、太陽光発電関連事業を営む売上高約100億円の企業である。創業以来、法人顧客に対して発電所の設計・施工・販売を行い、売却益を得る事業を展開してきた。再生可能エネルギーの需要が中長期的に高まる一方で、固定価格買取制度(Feed-in Tariff)(以下、FIT)の縮小により、顧客が設備購入を控えるもしくは値下げを要求されるケースが増えていた。A社経営陣は、現在の内外環境に適した事業モデルについて検討するために、各部門から選任した社内メンバーと外部コンサルタントによるプロジェクトチームを組成した。
(2)現状分析と新たな事業モデルの方向性の検討
プロジェクトチームは、外部環境および内部環境の分析を通じて、A社が直面する課題と新たな事業モデルの方向性を整理した。
①外部環境
太陽光発電は依然として再生可能エネルギーの中心であり、市場規模は拡大傾向にあることが確認された。しかし、法人顧客にとっては、FITの縮小により発電した電力を高い固定価格で第三者に売却することが難しくなっていた。他方、法人顧客は、TCFD (注1) ・CDP (注2) 等への対応など脱炭素に向けた取り組みを推進していく必要があり、顧客のニーズが、「自社で設備を所有し、売電収入を最大化すること」から「再生可能エネルギーによる電力を安定的に得ること」へとシフトしていた。その結果、初期投資を伴う設備購入型の契約には慎重な姿勢が広がる一方、初期費用を抑えつつ長期にわたり安定した電力供給を受けられる電力販売契約(Power Purchase Agreement)(以下、PPA)の市場が拡大していた。
また、単に再生可能エネルギーを導入するだけではなく、温室効果ガス排出量の可視化やTCFD・CDP等の情報開示対応など環境価値全般に係る総合的な提案を求める企業が増加していた。
(注1)Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)。企業等に対し、気候変動が事業・財務に及ぼすリスクおよび機会についての情報開示を促すための国際的な開示枠組み。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4項目で構成される。
(注2)Carbon Disclosure Project(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)。企業や自治体に対して、気候変動、水資源、森林等に関する環境情報の開示を求め、収集・評価を行う国際的な非営利団体。
②内部環境
A社の収支構造を分析すると、売上の約9割が発電所の設計・施工・販売事業によるもので売り切り型のビジネスモデルであることから、案件の有無によって利益やキャッシュフローが大きく変動する構造であることが確認された。また、低価格化によって全社および案件別の利益率も低下傾向であることが確認された。人材・組織面では、設計・施工に関する技術力や現場対応力は強みであると整理された。
③新たな事業モデルの方向性
現状分析に基づきプロジェクトチームでは、現在の事業モデルを変えていく必要性の是非や変革の方向性について議論を行った。
現行の事業モデルを変えていく必要性については、部門間で意見の相違が見られた。営業部門からは「足元ではまだ案件は取れている」との声が上がった一方、経営企画部門は「利益率と将来の市場構造を考えれば、現行モデルの延長では限界がある」と指摘した。技術部門からも「価格競争が続けば、現場の負荷が高まり品質維持が難しくなる」との懸念が示された。こうした議論を経て、A社経営層は「短期的な売上規模よりも、中長期的な事業の持続性を優先する」、「我々がこれまで取引をさせていただいてきた中堅~大手の法人顧客が本質的に求めている『初期負担を抑えつつ、安定的に再生可能エネルギーを利用したい』というニーズに対応できる体制を段階的に構築する」という方針を明確に打ち出した。
その具体策として、まずは発電設備のリースを拡大して発電所の運営に係る機会を増やしながらノウハウを蓄積し、徐々にPPAに基づいて顧客へ 「電力」 を販売するモデルに移行することにした。
また、プロジェクトチーム内では新たな事業モデルへの移行にあたり、「電力会社や商社など多くの競合が参入している中、どのように差別化していくか」、「どのようなPPAを、誰に提供していくか」について議論を行った。議論の結果、A社の強みである設計・施工力を活かし、条件や敷地の制約が厳しい案件に積極的に取り組んでいくことで差別化を図ることとした。まず既存の法人顧客にアプローチし、検証を繰り返しながら新規顧客の開拓を行っていくことにした。特に、電力使用量が安定している製造業、太陽光を設置するのに十分な広さの屋根を保有する物流・倉庫業、多拠点展開している小売事業者に対する営業に注力することとした。
(3)新たな事業モデルを支える体制の構築
プロジェクトチームは、発電・運営・管理を通じた電力販売事業への取り組みを強化するため、以下の4点に取り組むことにした。
①主要リソースの確保
この事業を推進するためには、設備に先行投資する資金に加え、発電所を継続的に運営・保守できる技術力・組織力が不可欠である。プロジェクトチームはそれを踏まえ、必要となる人材・資金・技術要件の洗い出しを行った。
人材面では、発電所運営やプロジェクトファイナンスに精通した専門人材を外部から採用し、自社採用で不足する分をM&Aによって対応することにした。
資金調達においては、財務部が中心となり、事業計画に基づいてKPI(ROA・ROE・自己資本比率等)を設定したうえで、銀行、リース会社、A社が設立したSPC(特別目的会社)への出資に関心を示す事業会社と協議を重ね、最適かつ実現可能な資金調達構造を検討した。
技術面では、遠隔監視システムやAIによる稼働率予測など、運転・保守体制の自動化・効率化を推進することにした。
②パートナー戦略
プロジェクトチームは安定的な受注基盤を築くために、広範な販売ネットワークを持つ異業種大手企業との提携を進めていくことにした。特に、再生可能エネルギーの利用を求める大手製造業や流通業を顧客に持つ企業との提携は、長期的な案件パイプラインの形成に寄与すると考えた。
③主要機能を支える仕組みの標準化・高度化
新たな事業モデルは長期運用型の取引であり、事業の安定性・再現性が重要となるため、業務の標準化とシステム化を推進した。具体的には、案件の企画・設計・施工・発電施設運営・保守に至るまでのフローを明確に規定し、業務マニュアルを整備した。また、案件進行状況を全社として管理するためのシステムを導入した。さらに、重要な判断やデータ更新を個人に任せるのではなく、担当チームの責任で意思決定・承認を行うプロセスを整備した。
④収支モデルの構築
設備運営型の事業モデルへ経営資源を振り向けると、設備販売収入の伸びが鈍化し、短期的には売上・利益も伸びにくくなる。プロジェクトチームはこれを踏まえ、「成長曲線の一時的な沈み」を前提として織り込んだ収支モデルを策定した。そして、設備投資、M&A、人員採用、銀行借入、キャッシュインの見通し等複数のシナリオを想定し、KPIへの影響を確認しながら計画の妥当性を検証した。
設備運営型事業への移行を進める過程では、社内での意見の対立や葛藤も少なくなかった。特に大きな課題となったのが、資金調達をめぐる財務部と経営企画部門との認識のずれである。財務部は、財務健全性を最優先に考えており、「初期投資負担が重く、資金回収が長期化する設備運営型事業に過度に依存すべきではない」と慎重な姿勢を崩さなかった。加えて、銀行との関係上、自己資本比率の低下や借入依存度の上昇を懸念する声も強かった。一方、経営企画部門や経営層は、既存の事業モデルに限界があることを強く認識しており、「ここでリスクを取らなければ、10年後に会社の存続が危うくなる」と主張した。プロジェクトチーム内でも「安全を取るか、成長を取るか」という議論が繰り返された。この対立を解消するため、両部門は収支モデルを活用し、「数値」を共通の尺度として議論に取り組んだ。財務部は、借入、リース、共同出資、アセットファイナンス等複数の資金調達シナリオを比較し、主要KPIへの影響を試算した。経営企画部はそれに基づき、事業の成長と財務健全性を両立できる「電力販売事業推進の投資額限度ライン」を設定した。最終的には、「初年度は慎重にパイロット案件を実施し、キャッシュフロー実績を見ながら次年度以降の投資規模を拡大していく」という段階的なアプローチを採用することで、両者の合意を得た。
一連の取り組みにより、A社は「太陽光発電設備の販売企業」から「自ら電力を供給するエネルギーサービス企業」へ進化する基盤を整えつつある。新事業開始の初年度は収入金額の減少が避けられなかったが、3年目にはキャッシュフローの安定化が進んだ。また、PPAモデルの導入により、顧客との接点が「一時的な取引関係」から「継続的な関係」へと変化した。契約更新に加え、メンテナンス、蓄電池販売等の附随する事業への展開も開始され、付加価値あるワンストップサービスの提案も行われている。
3 B社の事例
(1)検討背景
B社は、全国に約100店舗を展開する中堅外食チェーンであり、創業以来、「手頃な価格で一定品質の食事を提供する」ことを特色として成長してきた。和食・洋食・カフェ等5つのブランドを展開し、かつては「安定感のあるファミリー向けの外食」として認知されていた。しかし近年、低価格業態の増加、高価格帯の体験型レストラン等の台頭により、中価格帯の市場が縮小していた。B社で不採算となっているブランドは、この「中間層」に属しており、客数・売上が減少傾向にあった。社長は、「現状を正しく認識したうえで顧客への提供価値を見直し、ブランドを再整理することが必要である」と判断し、外部コンサルタントを活用しながら、変革プランの策定プロジェクトを立ち上げた。
(2)現状分析と新たな事業モデルの方向性の検討
①外部環境
プロジェクトチームでは、まず外食業界全体の構造変化について調査した。市場を俯瞰すると、低価格業態は規模拡大と効率化により価格競争力を一段と高める一方で、高価格帯では「非日常性」や「体験価値」を前面に打ち出した店舗が支持を集めており、中価格帯が最も厳しい競争環境に置かれていることを改めて確認した。また、原材料費や人件費の上昇は一過性ではなく、今後も継続する前提で事業を設計する必要があるとの認識で一致した。消費者の関心は「安いかどうか」だけでなく「安心できるか」、「共感できるか」にも広がっており、健康志向や地域性といった要素をどのように取り込むかが、競争力を左右する重要な論点として浮かび上がった。
②内部環境
次に、自社の強みと課題について洗い出しを行った。B社は全国展開による知名度や、長年培ってきたオペレーションノウハウを有している一方で、「『なぜB社のこのブランドを選ぶのか』を顧客に明確に説明できていないのではないか」という問題意識が示された。特に、ブランド間でコンセプトが似通い、現場では「決められたことをこなす」運営に終始している実態が共有された。店長・スタッフからは、「地域のお客さまに合わせた工夫をしたくても、本部のルールが壁になる」といった声も上がっており、人材のモチベーション低下につながっている可能性が指摘された。また、「コロナ禍を通じてテイクアウトやデリバリー対応の遅れが顕在化し、変化への対応力そのものが弱まっているのではないか」という自己反省も議論された。
③新たな事業モデルの方向性の検討
こうした議論を踏まえ、プロジェクトチームでは「これまでと同じやり方を続けても、緩やかに縮小していくだけではないか」という共通認識に至った。そのうえで、価格競争に踏み込むのではなく、B社が本来持っている全国各地での店舗網や人材を活かし、「健康・安全・地域性・くつろぎ」を消費者に届けていく方向性を打ち出した。具体的には、地産地消食材の積極的な採用、産地表示・アレルギー表示の徹底、女性客向けのメニュー開発等を推進した。内装を木目調のカフェスタイルにすることで心地よい空間を作り出し、店内滞在時間の満足度を高めることを狙った。また、地元の生産者や自治体との連携によって「地域フェア」や「季節限定メニュー」を企画し、「期間限定」、「ここでしか味わえない」という希少性や「旬を感じる」、「地元を応援している」という共感・満足感を訴求することで顧客の体験価値向上を目指した。
(3)新たな事業モデルを支える体制の構築
プロジェクトチームは、事業モデル変革を遂行するために、以下の3点に取り組んだ。なお、5つのブランドのうち、不採算が続いている2ブランドは廃止した。安定的に収益を生んでいる3ブランドは不採算店舗の閉鎖、賃料削減、一部メニューの価格改定等を行った。新たな事業モデルを展開していく店舗については、閉鎖した店舗を改装し対応することとした。
①主要リソース(主に人)の確保・動機付け
プロジェクトチームは、店長の評価基準を店舗の「売上・利益」よりも「顧客満足度・再来店率・チーム育成力」を重視したものに転換し、店長自らが顧客満足度向上に向け主体的に行動することを促した。評価結果の処遇への反映は従前よりもメリハリをつけるようにした。
②主要機能を支える仕組みの標準化・高度化
プロジェクトチームは、地域性を打ち出す部分を除き、同一ブランド内における店舗フォーマットの標準化を進めた。具体的には、厨房機器・メニュー構成・仕入れ品目を共通化することで、調達コストの削減を推進した。また、調理工程およびオペレーションマニュアルの見直しを行った。さらに、デジタル予約・モバイルオーダーシステムを導入し、顧客体験と回転率の向上を両立させた。
③収支モデルの構築
新たな事業モデルの導入には相応の投資負担が必要になることから、店舗の閉鎖・改装・システム投資等に必要となる資金を試算し、収支モデルに反映した。財務面では、一定の財務健全性を維持するために、第三者割当増資を実施して資本を厚くしていくことにした。損益面では、初年度に減価償却費の増加によって営業利益率が低下する一方、2年目以降は売上総利益率の改善と赤字店舗の閉鎖による固定費の減少によって販管費が圧縮されるため、営業利益が回復基調に転じることが予測された。財務担当役員は取締役会および株主に対して、縮小均衡策を継続するのみでは限界があることを説明し、中長期的な成長に向けた対応が今こそ必要である旨を丁寧に説明した。
新ブランド立ち上げは、B社にとって創業以来初の試みであり、社内には「これまでのやり方が通用しないのではないか」という不安や抵抗感が強く存在した。特に、従来は本部主導でメニューや店舗運営方針が定められていたが、新ブランドでは「地域性の反映」 や 「顧客体験価値の創出」を重視するため、 店舗毎に一定の裁量を持たせる運営方針へと転換した。この新しい発想に対し、 現場からは「失敗したら責任はどうなるのか」といった声も上がった。また、ブランド再整理に伴う店舗閉鎖や配置転換もあり、「変化=リスク」と捉える社員も多かった。プロジェクトチームは、こうした心理的な不安を軽減するために、経営層自らが変革の意義を繰り返し説明し、各地域に「変革推進リーダー」を配置して現場との対話を重ねた。さらに、試験店舗を設けて小規模に検証し、成果を「見える化」して共有することで、徐々に社内全体の理解と納得を得ていった。
試験店舗での顧客アンケートの結果を分析した結果、「地域食材の安心感」、「空間の心地よさ」、「スタッフ対応の温かさ」で高評価を得ていることが分かった。これにより、段階的に新ブランドの店舗数を増加させていった。顧客構成は、女性客比率が増加し、昼食時間帯の売上構成が改善した。店舗・ブランド間の収益格差が解消され、安定的な黒字店舗比率が9割を超えるようになった。
4 C社の事例
(1)検討背景
C社は地方都市を拠点に、路線バス・高速バス・タクシー・ホテル・レジャー施設等を運営する地域企業グループである。創業から半世紀以上にわたり、「地域の移動を支える公共交通事業者」として地元に根を下ろしてきた。しかし、人口減少・高齢化の進行・自家用車依存の定着により利用者数は年々減少しており、地方の公共交通を取り巻く環境はかつてない厳しさに直面していた。
特に路線バス事業では、乗客数が10年前に比べて30%以上減少し、燃料費や人件費の上昇も重なり、採算割れ路線が全体の4割に達していた。加えて、運転手不足が深刻化し、ダイヤ維持すら困難となる状況も発生していた。観光・宿泊部門もコロナ禍を脱して売上が回復しつつあるものの、グループ全体では減収減益傾向が続いていた。
C社社長は、単なるコスト削減や路線縮小では限界があると考えていた。短期的な収支改善策は一時的な効果にとどまり、地域の交通インフラを維持する使命とも矛盾しかねない。まず、C社の経営層は、「そもそも自分たちは何を提供する企業なのか」という自社の存在意義を改めて問い直す必要性を感じていた。社長は、経営層と次世代を担う中堅世代を中心に活発な議論を行いたいと考え、ファシリテーションに秀でたコンサルタントを活用しながら、中長期戦略に係るプロジェクトチームを組成した。
(2)現状分析と新たな事業モデルの方向性の検討
①外部環境
プロジェクトチームでは、まず地方公共交通を取り巻く環境変化を整理した。
人口減少と高齢化の進行により、通勤・通学需要は縮小しており、従来型の路線バスを前提とした需要回復は見込みにくいという認識で一致した。一方で、高齢者や交通弱者の日常生活を支える移動ニーズは今後も一定程度存在し、「量は減るが、きめ細かさが求められる需要」へと質的に変化していることが確認された。また、自治体においても公共交通維持の重要性は認識されており、オンデマンド交通や地域交通再編に対する補助制度・実証事業が拡充されつつある点が議論された。
観光分野においては、インバウンド回復や「短距離・高付加価値型」の国内観光へのシフトが進んでおり、単なる移動手段ではなく、地域体験と結びついた交通サービスが求められていることが明らかになった。
②内部環境
次に、自社の強みと課題について議論が行われた。C社は長年にわたり地域交通を担ってきた実績と信頼、自治体との関係性、さらに交通・宿泊・観光施設をグループ内に保有している点が大きな強みであると再認識した。一方で、事業毎に最適化された縦割り運営が常態化し、グループとしてのシナジーを十分に発揮できていない点が課題として浮き彫りになった。路線バス事業ではダイヤ維持を前提とした運行が続き、需要に見合わないコスト構造から抜け出せていないこと、観光・宿泊部門では交通部門との連携不足により顧客データや販売機会を活かしきれていないことが共有された。
③新たな事業モデルの方向性
内外環境分析を踏まえ、プロジェクトチームでは「路線を維持すること」そのものを目的とするのではなく、「地域での移動や滞在をどう支えるか」という視点に立ち返るべきだという結論に至った。単一事業としての公共交通ではなく、地域生活と観光を支えるサービスを組み合わせ、グループ全体で価値を提供する事業モデルへの転換が必要であるとの認識が共有された。日常生活の領域では、不採算路線において、需要に応じて柔軟に対応できるオンデマンド型交通を導入することにした。具体的には、スマートフォンアプリや電話で利用予約を受け、AIが最適ルートを自動計算して車両を配車する仕組みである。これにより、利用者は従来の路線バスより短時間で目的地へ移動でき、C社は運行コストを削減することができる。運転手にはタブレット端末を配備し、リアルタイムで運行状況・乗車情報を共有した。また、自治体との協定により、補助金制度を活用して運営コストの一部をカバーする体制を整えた。
観光領域では、「地域の旅をサポートする企業」として観光・宿泊・交通事業を一体化させ、地域全体の滞在価値を高める方針を打ち出した。自社が保有するホテル・飲食施設・観光バスを活かし、「移動+体験+宿泊」をワンストップで提供するパッケージを設計し、観光客の滞在時間延長と消費拡大を図った。
(3)新たな事業モデルを支える体制の構築
新たな事業モデルを遂行するために、プロジェクトチームは以下の検討を行った。
①主要機能を支える仕組みの見直し
観光領域において、宿泊・交通・飲食を一体的に販売するため、事業部門毎に管理していた顧客情報を統合的に管理すべく、グループ共通のCRM(顧客関係管理)システムを導入した。また、縦割り色が強く連携が限定的だった運輸部門・観光部門・宿泊部門の企画スタッフを親会社に集約の上、部門横断の「地域価値創造プロジェクト」を設置した。プロジェクトでは、異なる領域・職種の社員がチームを組み、地域イベントや観光商品を共同開発する仕組みとした。
②収支モデルの構築
上記の検討を踏まえ、オンデマンド交通導入にかかる初期投資(車両改修・システム導入)、非稼働車両・不採算施設の売却による固定費の削減、CRMシステムの導入費用等を反映し、収支モデルを策定した。
オンデマンド交通の推進は決して容易ではなかった。運転手や配車担当者の中には、タブレット端末やアプリ操作に不慣れな人もおり、当初は入力ミスや運行トラブルが相次いだ。現場では「紙のダイヤ表の方が安心だ」という声も根強く、プロジェクトチームは一人ひとりに寄り添った研修やサポート体制を整えることで少しずつ運用定着を図った。
観光と交通を一体化した新しい商品作りにも多くの試行錯誤があった。これまで別々に動いていた運輸部門と観光部門では顧客層や販売手法が異なり、最初は「どこまで連携すべきか」について意見が割れた。さらに、宿泊施設や飲食店舗を含めたパッケージ設計では、価格設定や人員配置の調整に時間を要した。プロジェクトチームは部門横断のワークショップを繰り返し、実際に現地ツアーを試行することで、ようやく顧客に支持される形を見出していった。
事業モデルの再構築から5年が経過し、C社の利益率は徐々に改善の兆しを見せている。不採算路線の廃止や非稼働車両の売却によって、路線バス事業の赤字幅は縮小する一方、観光関連売上が全体の35%を占めるまでに拡大した。オンデマンド交通の利用者は初年度比で1.5倍に増加した。利用者アンケートでは、買い物・通院・行政手続き等日常生活に便利な移動手段として「地域生活に不可欠なサービス」と高評価が多数寄せられた。
5 事業モデル変革のポイント
(1)徹底的なファクトファインディングに基づく提供価値の再定義
事業の採算悪化は、自社の提供価値が顧客に十分認識されていない、あるいは価値提供に過剰なコストがかかっていることを示している。まずは事業モデルを要素毎に分解し、ファクトファインディングによって顧客ニーズとのずれや非効率を明確化することが重要である。そのうえで自社の強みを最大限に活かせる形で提供価値を再設計することが、事業モデル変革の鍵となる。A社は「設備の販売」から「電力供給」へ、B社は「食事の提供」から「体験の提供」へ、C社は「移動手段」から「地域の生活・観光支援」へと、それぞれ自社の強みを活かした提供価値を再構築した。
(2)新たな価値提供を支える体制の整備
顧客への提供価値を再定義しただけでは、新たな事業モデルは機能しない。提供価値を持続的に顧客へ提供していくためには、必要となる業務や経営資源を再構築する必要がある。A社では運転・保守体制と人材の確保を、B社ではブランド内の店舗オペレーション標準化と人事制度の見直しを、C社では部門横断組織の設置を通じた価値提供プロセスの見直しを行った。
(3)事業モデル全体の整合性の確認
新たな顧客への提供価値とそれを支えるための運営体制を踏まえ、事業全体として収支が成り立つかを検証していくことも大切である。3つの事例全てにおいて、各種施策を織り込んだ収支モデルの策定とKPIへの影響を検証した。新たな事業モデルに移行すると、短期的には採算を悪化させる可能性もある。A社のように設備を売り切る事業から設備運営型の事業へ移行する場合はキャッシュインが後ろ倒しになるため、財務的な裏付けを持った中期シナリオの検証が欠かせない。B社は、大規模な投資実行による減価償却費の発生により損益が一時的に悪化したが、中期的には投資分の回収が可能であることを確認することで、計画の蓋然性について関係者を説得することができた。様々な前提条件の変化を反映させたうえで、投資回収期間や主要KPIの動きを把握し、変革過程を詳らかに可視化することが大切である。
(4)経営トップのリーダーシップによって関係者の心に火をつける
事業モデルの変革を成功させるためには、これまで積み重ねてきた事業・業務のやり方を大幅に変えることになるため、現場責任者を中心として相当な苦痛や不安を伴うことも少なくない。よって、関係者に対し、「何を、なぜ変えるのか」を丁寧に説明し、納得を得ることが欠かせない。特に重要なことは、経営者自身が変革の意義を自らの言葉で語ることである。どれほど精緻な計画を策定しても、経営トップの「本気」が伝わらなければ社員は動かない。
経営トップの本気度が現場に伝わると、事業責任者は改めて自社の事業の実態を直視し、市場の変化や顧客の声を学び直し、どのような方向に進むべきかについて侃侃諤諤の議論をしながら、自らの手で一つひとつの施策を組み立てていくようになる。こうしたプロセスこそが組織の思考力と当事者意識を高め、変革を現実のものにしていく。
事業モデルの変革は、経営トップの確固たるリーダーシップのもとで、燃えるような組織集団が一体となって牽引していくことが不可欠である。「なぜ変えるのか」、「どんな未来を描いているのか」について経営層と現場がともに腹落ちし、熱意を持って挑むことが変革を成功へと導く原動力となる。