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全社最適の管理と現場力

No.673 | 2026年5月号

今月の視点


 現場ごとの業績や活動状況にばらつきが見られるときには、全社最適の観点から管理・統制を強めることがある。しかし、管理・統制を強めた結果として、現場が顧客のニーズにきめ細かく対応していた状況に変化が現れることがある。問題は管理そのものではないものの、現場力を削いでしまうことは避けたいものである。

 全社最適の管理と現場力の両立について考えてみたい。

1 A社の事例

(1)A社の状況

A社は産業機械を製造する中堅企業である。製造業を顧客とし、主に設備の更新・改修の需要に対応している。

案件は一件当たり数千万円から数億円に及ぶ。顧客にとって設備の停止は売上そのものを止めることにつながるため、顧客は価格だけではなく、納期の確実性、トラブル時の対応力、提案の妥当性を重視する。そのような状況下でA社は営業力の高さで評価されてきた。半年以上に及ぶことが多い商談で、A社の営業担当者は、顧客の予算の上限、意思決定の特徴や稟議を通りやすくする条件、操業計画、保全体制などの諸条件をよく理解し、状況に応じて条件を組み替え、顧客が社内で決めやすい形に整えたうえで提示してきた。「要点を外さずに決められる形にする」ことが、顧客から見て「話が早い」という評価を得ていた。

具体的に営業担当者が行っていた条件の組み替えとは、たとえば予算の制約を懸念する顧客に対して、以下のような手段を的確に組み合わせることである。

  •  仕様の一部を変更して原価を落とす
  •  据付工程を見直して工事費用を抑える
  •  保守契約に段階を設け初年度の費用を抑える
  •  支払を分割して資金負担を平準化する

単に値引きをするだけではなく、顧客企業で意思決定が通る形を作る工夫を迅速に提示できる点が競合との違いであった。

ところが最近、原材料価格の上昇に伴って全体的に粗利率が低下し、案件ごとの採算性のばらつきが目立つようになってきた。同規模案件でも利益率が大きく異なり、経営会議では次のような議論が繰り返された。

  • なぜこの金額条件で受注したのか
  • 拠点ごとに判断基準が違うように見える
  • 説明責任を果たせるのか

現場での裁量により価格決定がブラックボックス化することは、社内外に業績要因を説明しにくくする。また、「例外条件」での受注を一度認めると「前例」として、以後の受注において通常の条件に戻すことが難しくなり、担当者が異動しても「前回と同様」という対応が続くことがある。経営層は、例外が積み上がり会社の価格体系が崩れていくことを懸念した。

(2)統制の強化

そこでA社は、値引きや条件変更の判断を本社に集約することにした。具体的には、社内で設定している標準価格から一定率以上を下回る案件は営業本部長決裁とし、特例は原則禁止、利益率を月次で可視化するという枠組みである。

この施策を導入した理由は三つある。第一に、標準価格からの乖離度を指標とすることで基準が明確になる。第二に、承認フローに載せることで取引条件が共有され、属人的な判断を減らすことができる。第三に、金融機関や監査に対し統制の考え方・基準を説明できる。

新たなルールによる運用を開始してからは、粗利率のばらつきの幅が縮小し、赤字案件の比率も下がった。経営会議では「なぜこんな値引きをしたのか」という追及型の議論から、最重要案件において「この条件を認めるか」という整理型の議論へ変わった。

(3)変調の現れ

ところが、一年ほど経ったところで、経営層の間で新たな問題意識が大きくなっていた。案件による粗利率のばらつきが小さくなり、全体利益率の継続的な低下もなくなったが、一方で、売上高が前年同月対比で減少する月が各営業拠点で見られるようになってきた。

このことに対し、幹部の中には「価格に対する統制を強めたのだから、ある程度の受注減は当然あるはず」という意見もあったが、前年割れの月は、多くの拠点で最近六か月の方がその前の六か月よりも増えていた。

「この現象は市場全体の状況によるものか、自社の内部的な要因によるものか。そして、一時的なことか、長く続く可能性があるものか、注意して見ておく必要がある」という管理本部長の指摘を受け、営業本部長は過去一年の主要な営業案件の受注・失注の分析を行うよう、営業企画部長に指示した。調査・分析には経営コンサルタントにも入ってもらった。

(4)現状分析

まず営業活動の実績数値を確認したところ、引き合い数は前年対比で若干増加していた。

また、見積を提出した案件について、一件当たりの金額を確認したところ、明確な増減は確認できなかった。受注に至った案件に絞っても同様の結果であった。

一方で、引き合い数に対する受注成約件数の比率、すなわち受注率には明らかに低下傾向が見られた。

これらの数値分析の結果を見る限りにおいては、売上高の減少は市場動向よりも、顧客ニーズに対する営業の対応力に要因があるのではないかと考えられた。

個別案件の受注・失注の分析からは、次のような傾向がつかめた。

[失注している案件]

顧客からの価格の見直しの要請や、見積価格が予算を超えているとの指摘があったときに、A社の営業担当者が、社内の承認が必要であると考えて持ち帰り、承認待ちをしている間に競合に流れていることが多かった。

[受注している案件]

とくに顧客から価格に関する要望が出た案件について、対応の内容を分析した。以下が代表例である。

事例①

顧客から「総額が高い」と指摘された。営業担当者がよく確認してみると、実際に問題だったのは「初年度の支出の大きさ」であった。

営業担当者は保守契約を三年包括から一年ごとの更新に切り替えることを提案し、初年度の支出を抑えた。

「総額」は大きくは変わらなかったが、初年度の支出を抑えたことで顧客の了承を得ることができた。

事例②

顧客から「生産ラインの停止期間が長い」との懸念が表明された。「停止期間が長い分、価格で考慮してもらえるか」との要望を受け、A社の営業担当者は許容できる停止期間の長さを顧客に詳しく尋ねた。

事情を理解した営業担当者は、据え付け工事の組み替えについて工事部門に相談し、夜間工事を増やすことで停止期間を短縮することを提案した。

工事のコストがやや高まったものの、価格の変更を避けて受注することができた。

事例③

顧客の要望を受けて、結果的に価格を下げることにしたが、顧客が求める機能と性能を改めて洗い直し、妥協できる部分については汎用部品に置き換えることで、製品原価を低減し、A社内の承認を円滑に受け、顧客にも納得してもらえた。

これらの事例のように、受注できた案件の多くは、顧客の意思決定を前に進める条件設計が迅速にできていることが確認された。

一方で、失注した案件では、価格の引き下げの承認を求める申請が上がってから、理由の再確認や値下げに代わる利点を明確にする指示等のために、A社内での検討・協議に時間がかかり、顧客との再交渉の機会を逃している営業案件が増えつつあった。

これらの状況を踏まえ、営業企画部は今起きている売上高の減少傾向について、次のように推察した。

・ 成約に至る詰めの過程で、顧客の要望や懸念事項の中に、価格の見直しが挙がることは以前からあったことである。昨今の受注率低下は、その要請への対応力が低下している可能性がある。

・ 顧客の要請が複雑になり対応が難しくなった事例も散見されるが、むしろ、自社の営業担当者が工夫を深く考える前に価格変更の申請を上げている傾向が強まっていると見られる。

・ 営業担当者の直属の管理職も、人によってそのような申請に対して担当者に一層の工夫を促していない状況が窺える。

・ その結果、本部に申請が上がってから、申請理由や検討内容の不十分さを指摘されて差し戻しになり、社内での検討時間が長くなって競合につけ入る隙を与えている。

・ 価格変更の統制が強化されて以降、こうした安易な申請が多くなり、現場対応力が低下したと考えられる。

営業企画部長は次のように結論づけ、営業本部長の承認を受け、経営会議に報告した。

「社内標準価格からの引き下げの性質には、大きく二つの種類がある。

一つは、現場での工夫で利益確保の裏づけが取れている価格変更である。

もう一つは、利益を削ることになる値下げである。

後者は、今後継続的な受注が期待できる顧客の獲得や、新規性の高い案件の経験等をねらいとして戦略的に行うものである。

社内で設定している標準価格から一定率以上下回る案件をすべて営業本部長決裁としたことで、案件による価格変更の性質の違いについての議論が乏しくなったと考えられる。

今後も価格の統制は必要であるが、現場が『顧客の意思決定を前に進める条件設計』を、以前のように強く意識して取り組むように仕向ける必要がある。」

この報告は経営会議で了承され、A社社長は引き続き改善案づくりに取り組むよう命じた。

(5)改善施策

価格統制自体は継続することとした。

社内標準価格を一定率以上下回る価格変更を一律営業本部長決裁としていたが、これを以下のように分けることにした。

①価格変更による利益額の減少が一定範囲内に抑えられ、かつ、その裏づけが明確になっている場合は営業拠点長決裁

②上記以外の場合は営業本部長決裁

営業本部長決裁の案件については、判断材料として次の資料の提出を義務づけた。

・ 利益額を減少させて受注する意義と将来的な回収可能性

・ 価格引き下げが次回以降反復したり、他の顧客に波及したりする懸念の有無と理由

このような見直しにより、顧客の意思決定を前に進める条件設計を促し、営業拠点判断で迅速に対応できるようにするとともに、戦略的案件については全社的視点でリスクを取るかどうかの判断をする体制とした。

そして、改定後のルールを運用するために、以下の施策を実施することにした。

1)価格変更による利益額減少を抑えるための指針の整理

仕様の一部変更による原価低減、工事費用の抑制、顧客の支払条件の見直し等の工夫例・実施方法・留意事項等を整理した。

2)費用関連情報の整備

部材価格等の製品原価・工事費用・保守価格に関する情報を定期的に更新し、営業担当者が参照して商談中に概算利益を算出しやすいようにした。

3)営業企画部による助言・指導

新ルール開始後半年間、顧客の意思決定を前に進める条件設計について、事例を紹介するとともに案件ごとの相談に乗り、必要に応じて営業拠点への指導を行った。

これらの施策により、営業担当者が案件ごとに顧客の要望、生産ラインの状況等をよく理解し、迅速に準備をして商談に臨むことを徹底した。

安易に価格変更を申請する習慣から脱し、以前のように顧客の意思決定を進める条件を考え抜く姿勢を促した。

新ルールの運用開始から一年後には、商談期間が長引くことが減り、受注率も以前の水準に戻った。

全社最適の観点で導入した価格統制を維持しつつ、現場が自ら考えて判断する力を回復させることができた。

2 全社最適の管理と現場力を両立するための留意点

A社の事例からいえることは、全社最適の観点から管理・統制を導入するにあたっては、現場が持つ強さをどのようにして守るかを考えることの大切さである。

統制はばらつきを減らすために導入するが、ばらつきの中に競争力の源泉も含まれていることがある。

事例のA社では、営業案件ごとの違いの中に顧客理解の深さや条件設計の工夫があった。それを「ばらつき」として一律に削ったことで、一時的に利益率が安定する方向に向かったものの、競争力の低下を招いた。

何が削ってよいばらつきで、何が守るべきばらつきかを見極める必要がある。

改めて全社最適の管理と現場力を両立するための留意点を整理すると以下のとおりである。

第一に、改革は変えることであるが、「何を変えるか」を考える前に「何を守るか」を押さえておくことが大切である。守る軸が曖昧なまま統制を強めれば、競争力の源泉まで削ってしまう。

第二に、数字は結果であって、重要なのはそこに潜む「意味」である。業績数値を基準とする管理は必要だが、それだけで判断することが習慣化すると思考が単純化する。どのような裏づけがあるか、リスクに見合う将来の利益が望めるか、値下げが今後も波及してしまう懸念が無いか等、A社の事例で見たように背景を議論することを習慣化したい。実務の中で磨き続ける必要がある。

第三に、現場に裁量を持たせることは放任ではない。即断を可能にする準備と情報整備があって初めて裁量は機能する。