今月の視点
管理職の負荷が高まっているという話を聞くことが多い。会議や報告が増え、関係部署との調整や現場からの相談への対応に追われ、本来取り組みたい改善活動や人材育成に十分な時間を割けないという。
企業が管理職に期待している役割は、目の前の問題を処理することだけではない。担当組織の成果を安定的に生み出すこと、次の管理監督者を育成すること、将来に向けた改善を継続して進めることも重要な役割である。もし管理職が日々の対応だけで時間を使い切ってしまうと、現在の業務は回っても将来に向けた力を組織に蓄えることが難しくなる。
大切なのは管理職が本来担うべき仕事に時間と力を使えているかどうかである。
今月は生産部門の管理職の役割を見直したA社の事例をもとに、管理職が本来の役割を果たせる組織運営について考えてみたい。
1 A社の事例
(1)管理職の役割遂行の状況
A社は産業機械向け部品を製造する中堅メーカーである。営業、開発、生産、品質保証などの機能別組織を採用している。
生産部門には複数の製造課があり、それぞれの課には課長、係長、班長、担当者が配置されている。製造現場の統括や異例な事態への一次対応は係長が担うことになっている。課長は複数の係を統括しながら、生産目標の達成、係長層の育成、改善活動の推進を担う立場であった。
近年、課長から「一日が調整だけで終わる」「改善活動に手が回らない」「係長とじっくり話す時間がない」といった声が相次ぐようになっていた。
実際に改善提案制度の運用状況を確認すると、以前は課長が主導して進めていた改善テーマの多くが停滞していた。また、係長との定期面談も予定どおり実施できないことが増え、係長ごとの課題や育成状況を十分把握できていない課長も少なくなかった。
一方で、生産量や製品構成が大きく変わったわけではなく、残業時間も極端に増えているわけではなかった。
経営層は、「忙しい」と感じている課長が多いという事実よりも、ほとんどの課長が本来担うべき役割を果たせなくなっていることを問題視した。
そこでA社は、「課長は日々どのような仕事に時間を使っているのか」「本当に課長が行うべき仕事に時間が使われているのか」を明らかにするため、生産管理室長をリーダーとし、同室のスタッフを中心メンバーとする生産組織活動調査チームを設置して現状分析を行うことにした。
(2)課長業務の分析
調査チームは、課長業務の実態把握を最初に行った。
生産部門の課長十二名を対象に、一定期間の業務内容を記録するとともに、課長、係長、生産管理室、品質保証部へのインタビューを実施した。
業務内容を、会議、現場確認、改善活動、部下育成、資料作成、調整業務などに分類し、それぞれにどの程度時間を使っているかを確認した。
その結果、大半の課長は改善活動や係長育成よりも、調整業務に最も多くの時間を費やしていることが分かった。
調整業務が多いこと自体は、生産部門の管理職であればある程度当然とも考えられる。重要なのは、その調整が本当に課長でなければできない仕事なのか、それとも仕事の進め方に改善の余地があるのかを明らかにすることであった。
そこで調査チームは、課長が担当していた調整案件を抽出し、一件ずつ内容を確認することにした。
課長がどのような案件に関わり、誰と調整し、最終的にどのような判断が行われたのか。その過程を具体的に確認しながら、調整業務の内容を分析していった。
(3)調整案件の類型
調査チームは、分析に基づいて調整案件を性質の異なる四つの類型に整理した。
第一は、係単位で完結可能な案件である。
例えば、担当ライン内での人員配置の見直し、標準作業の範囲内での工程変更、設備停止時の一次対応などである。
これらは係長が必要な情報を整理し、一定の基準に従って判断すれば、係長自身で完結できる案件である。現場の状況を最も把握している係長が主体的に判断した方が迅速であり、課長は事後報告を受ければ十分なものも少なくない。
第二は、生産部門全体の方針に基づいて部署間調整を行うべき案件である。
例えば、一つの係だけでは対応できない生産計画の変更、複数の係に影響する要員調整、品質保証部門との対応方針の検討などである。
こうした案件では、係長が事実関係や影響範囲を整理したうえで、課長が判断すべきである。係長が現場情報を整理したうえで課長へ報告すれば、課長は課全体の視点から判断することができる。
第三は、生産部門全体の方針や経営資源配分の変更に係る案件である。
例えば、生産能力の配分を変更する必要がある案件や、複数の製造課に影響する要員配置、納期・品質・生産性に係る課題解決の優先順位について部門として判断を求められる案件などである。
このような案件では、課長が課としての考え方を整理し、部長が判断すべきである。課長には部長に判断を仰ぐ前に、関係部署との調整を行い、影響範囲や対応案を整理する役割が求められている。
第四は、判断以前に、運用ルールや基準が曖昧であるために、その都度調整が発生している案件であった。
例えば、一定範囲の生産順序変更であれば係長同士で調整してよいにもかかわらず、その基準が定められていないため、毎回課長が間に入り確認していた案件があった。また、品質異常時の初動対応についても、関係部署への連絡手順や判断基準が十分整理されておらず、課長が一件ずつ調整役を担っている例が見られた。
課長が忙しかったのは、単に調整案件の数が多かったからではなく、役割分担や判断基準、運用ルールが十分整理されていないことにより、本来であれば現場や関係者同士で処理できる案件まで課長に集中していたためであることが分かった。
(4)原因分析
調査チームは、調整案件を四つの類型に整理した後、それぞれの案件が実際にどのような流れで処理されているのかを、いくつかの事例で確認した。
すると、課長が時間を取られている理由は、「判断する案件が多い」ことよりも、「判断に至るまでの準備」を自ら行っていることにあると分かった。
例えば、係長から相談を受ける場面では、本来であれば係長が整理しておくべき内容まで課長が確認していた。
「いつ発生したのか」「どの工程に影響するのか」「他の係への影響はあるのか」「考えられる対応案は何か」といった内容を、一つずつ課長が聞き取りながら整理していたのである。
係長も決して考えていなかったわけではないが、「どこまで整理すれば課長が判断できるのか」という認識が不十分で、判断材料が十分そろわない段階で相談することが少なくなかった。
一方、課長が部長へ判断を仰ぐ案件でも似たような状況が見られた。
課長は関係部署との調整を進めていたものの、部長が意思決定するために必要な情報や選択肢が十分整理されていないことがあった。そのため部長は、「他の課への影響はどうか」「品質保証部門とは調整したのか」「別の対応案は検討したのか」と追加確認を行い、場合によっては課長とともに再度調整をやり直す場面も見られた。
つまり、係長は課長が判断しやすい状態を十分につくれておらず、課長も部長が判断しやすい状態を十分につくれていなかった。
さらに調査を進めると、調整が繰り返される理由は、個人の活動内容の質以外にもあった。
例えば、生産計画の変更のうち、一定の条件下で繰り返し発生するものは、判断基準を明文化しておけば係長と生産管理スタッフとで調整可能であり、課長が入る必要はないのではないかと考えられた。
また、設備停止時の初動対応についても、関係部署への連絡順序や情報共有の方法が担当者ごとに異なっており、課長が毎回その場で調整役を務めていた。
このように、運用ルールが明確になっていない仕事ほど、課長が間に入る場面が増えていた。
調査チームは、これらの分析結果を踏まえ、問題の要因を次のように整理した。
第一に、係長・課長・部長それぞれが担うべき役割が曖昧になっていたこと。
第二に、上位者が判断しやすいように情報を整理するという役割が十分果たされていなかったこと。
第三に、判断基準や運用ルールが整備されていないため、本来は調整を要しない案件まで課長に集中していたこと。
つまり、課長の負担感を高めていた原因は業務量そのものではなく、「役割分担」「仕事の進め方」「ルール」の三つが十分整理されていなかったことにあった。
(5)改善施策の検討
調査チームは、まず管理職の役割のうち、あらためて明確にしておくべきことを整理した。
係長は、担当ラインの日常運営に責任を持ち、現場で発生した問題については、自ら事実関係を把握し、影響範囲を整理したうえで対応を考えることを基本とした。
課長へ相談する場合も、単に判断を求めるのではなく、「現状はどうなっているか」「どのような対応案が考えられるか」「自分としてはどの案が適切と考えるか」まで整理したうえで報告することとした。
課長は、その内容を踏まえ、複数の係や関係部署との調整が必要な案件について判断するとともに、部門全体への影響を考慮して対応方針を決定する役割を明確にした。
また、部長へ判断を仰ぐ場合には、課長が関係部署との調整結果や複数案の比較、各案のメリット・デメリットを整理したうえで報告することとした。部長は、それらの情報をもとに、部門全体の資源配分や優先順位の観点から意思決定を行うことに専念した。
さらに調査チームは、役割の整理だけでは同じ問題が繰り返されると考え、運用ルールの見直しにも着手した。
一定期間の調整案件を一件ずつ確認し、「毎回課長が調整しているが、一定の条件を満たせば現場で処理できるもの」はないかを洗い出した。
例えば、類似条件で頻度高く発生する生産計画変更については、変更が認められる条件や関係部署への連絡方法を標準化し、一定の範囲の条件を満たせば係長同士で調整できるようにした。
また、設備停止時の初動対応についても、設備停止の内容ごとに連絡先、判断基準、対応手順を整理し、標準フローとして文書化した。
これにより、従来は課長が一件ずつ調整していた案件の一部については、係長や関係部署が共通の基準に基づいて対応できるようになった。
この調査・検討でA社が見直したのは、誰が判断するかにとどまらず、それぞれの立場で何を整理し、どの段階まで準備し、どのような基準で仕事を進めるのかという、組織運営の仕組みそのものであった。
(6)定着施策
調査チームは、役割や運用ルールを定めても、実践されて定着しないと意味がないと考えた。実際に仕事を進める中で、「どの案件を誰が担うのか」「どこまで整理して上位者へ報告するのか」を繰り返し確認しなければ、役割は組織に定着しない。
そこでA社生産部門において、当面、調整案件に該当するものを定義して記録に残し、月1回定期的に振り返りを行うことにした。振り返りの場では、課長と係長が難しい判断だと思った案件を共有し、「役割に沿った仕事の進め方ができていたか」を確認することを重視した。
例えば、係長が課長へ相談した案件については、
「現場の事実関係は十分整理されていたか」
「影響範囲は把握できていたか」
「対応案は複数検討されていたか」
「係長自身の考えは示されていたか」
という点を確認した。
課長が部長へ判断を仰いだ案件についても、
「関係部署との調整は十分行われていたか」
「課としての考え方は整理されていたか」
「部長が判断するために必要な情報はそろっていたか」
という視点で振り返りを行った。
さらに、毎月発生した調整案件の中から、「同じような調整を何度も繰り返している案件」を抽出し、その都度ルール化の可能性を検討した。
例えば、同種の生産計画変更に関する相談が繰り返されていることが新たに把握された場合には、標準的な判断基準を文書化してルールに追加した。
相談内容を単に処理するのではなく、「なぜ発生したのか」という視点から見直しを行い、標準化が可能な案件はルールへ置き換える取り組みを続けた。
その結果、課長の仕事は少しずつ「毎回調整する仕事」から「仕組みを改善する仕事」へと変化していった。
(7)成果
こうした取り組みを続けた結果、課長の仕事には徐々に変化が見られるようになった。
係長が課長へ相談する前に必要な情報を整理し、自らの考えを示すようになり、課長は不足している情報を一から集め直す場面が減り、判断や関係部署との調整に集中できるようになった。
また、部長へ報告する案件については、課長が事前に関係部署との調整や複数案の比較を行い、部門全体の視点から優先順位や資源配分を提案するようになった。
さらに、ルール整備が進んだことで、従来は課長が毎回関与していた案件の一部は、係長や関係部署同士で処理できるようになった。
もちろん、すべての調整がなくなったわけではなく、製造現場における予期しない問題や新たな課題が発生する都度、課長による判断や調整は今後も必要である。しかし、対応の仕方は大きく変わった。
以前は、判断材料を集めたり、関係者の認識をそろえたりすることに時間を使っていた課長が、改善活動の方向性を検討したり、係長との面談を通じて育成を進めたりする時間を確保できるようになった。
係長にとっても、自ら情報を整理し、考えをまとめて課長へ提案する機会が増えたことで、現場を管理する視点が養われ、課長任せではない運営が定着していった。
A社の改善は、課長が忙しいという声をきっかけにして始まったが、管理職の業務量削減だけに走らず、管理職が本来果たすべき役割と、その役割を支える仕事の進め方や基準を見直すことによって、組織力の強化につなげることができた。
2 管理職の役割を再整理するにあたっての留意点
(1)管理職の負荷を業務量だけで考えない
管理職の「忙しさ」については、業務量だけで状況を判断するのではなく、「何に時間を使っているか」を確認する必要がある。改善活動や人材育成に十分な時間が確保できていない場合、その原因は、仕事の内容や進め方にある可能性も高い。
しかし、社内業務の内容や進め方の実状を把握することは容易ではない場合がある。対象者層に対してアンケート調査やインタビュー調査で実態を聞くにあたっては、想定される業務の種類をある程度事前に洗い出しておいた方が内容を引き出しやすい。併せて、一定期間、対象者層の行動を丁寧に観察することが必要な場合もある。
(2)役割の再整理は権限委譲だけではない
役職ごとの役割を見直すにあたっては、下位の役職に権限を委譲することが対応策として挙げられやすい。
権限委譲は有効な施策の一つではあるものの、A社の事例のように課長の役割遂行状況を変えたい場合には、係長が判断する案件を増やすだけでは目的が達成できないこともある。係長には現場情報を整理して課長が判断しやすい状態をつくる役割があり、課長には関係部署との調整や課としての考え方を整理して部長が判断しやすい状態をつくる役割がある。
それぞれの階層が、上位者の目線を学び、上位者の意思決定を支える役割を果たしてこそ、組織全体の判断の質が高まる。
(3)仕事の進め方を見直すことも重要
毎回同じような調整を繰り返している場合は、ルールや判断基準を整備することで、調整そのものを減らせる可能性がある。管理職は、目の前の案件を処理するだけではなく、調整が繰り返される原因を見つけ、仕組みとして改善する視点を持つ必要がある。
(4)環境変化に応じて見直し続ける
会社が成長し事業や組織の環境が変化すれば、業務内容も管理職に求められる役割も変わる。過去には適切だった役割分担や仕事の進め方が、すべてそのまま現在も最適とは限らない。管理職にとって最も重要な役割を果たすための仕事に十分な時間が使えているかを定期的に確認し、役割分担、運営方法、ルールを継続的に見直していくことが、組織全体の力を高めることにつながる。